その手に握るは刃か想いか





 烏の鳴く声が聞こえる。

 冬の日は短い。

 日が落ちるまであっという間だ。

 今夜は杏の家に二人で泊まることになるのだろうか。

 だったらいいな、と望美は思う。

 将臣を救う方法を考える猶予ができたのだから。

「お前の顔が見れなくなる、と思うと残念だ」

 唐突に将臣が言った。

「わたしだってそうだよ。やっと逢えたと思ったらすぐに別れなきゃいけないんだもの」

「ずっとこうしていられたらいいな」

「そうだね、将臣くんともう離れたくないよ」

「俺もだ」

 望美は無意識に将臣に寄り添っていた。

 将臣は驚きもせず、そっと望美を抱き寄せる。

 二人は何も言わず、ただ互いのぬくもりを感じていた。

 聞こえるのは風に吹かれ葉が擦れ合う音と、二人の呼吸だけ。

 太陽が沈み、段々と薄暗くなってゆく。

 青褪(あおかち)色に染まる空の下方に、僅かに橙色の光が窺える。

 この光が見えなくなったら、帰ることになるだろう。

 望美は離れたくない、というように将臣に身体をくっつけた。

 ふいに将臣が風に消されそうなほど小さな声で呟いた。

 あまりにも小さすぎて聞き取れず、望美は尋ねた。

「いつまでも下ばっかり見ねぇで、こっち向けよ」

 顔を上げると、将臣と目が合った。

「そうそう、それでいい。そのまま目を瞑ってくれたら上等だな」

 何を言っているのかわからなくて、望美はきょとんと小首を傾げた。

「もう、からかわないで!」

「からかってないさ。俺はいつだって真剣だ」

 そして。

 望美が目を見開いているのも構わず、その唇に唇を重ねた。

望美はさらに瞠目した。

触れ合っている唇が異常に熱い。

 背中に回っている手も、触れ合っている胸も。

 将臣と接しているすべての面が熱く感じた。

 将臣を傍で感じている……。

 先ほどよりももっと強く、近くに。

 驚いて口も利けない望美に、将臣は静かに言った。

「ごめんな、望美」

「どうして謝るの?」

「お前に辛い思いをさせてしまう結果を俺は選んでしまったから」

(違う違うよ、将臣くん。わたし、すごく嬉しかったよ)

 そう言いたかったが、上手く口が回らない。

「俺はお前のことが……」

 噛み締めるように将臣が言い出した刹那。

 ふいにがさりと草を踏みしめる音がした。

 二人は息を呑み、そしてぱっと身体を離した。

まず、将臣が立ち上がり、望美もそれに続いた。

将臣は望美を守るように後ろに隠した。

「誰だ、そこにいるのは!」

 将臣が音のした方に向かって怒鳴る。

「その声はやはり還内府殿ですね?」

 がさがさと草を踏みしめる音が聞こえ、やがてひとりの兵が出てきた。

「お前は……」

 ややあって将臣が呻くように兵に問いかけた。

「還内府殿、こんなところにおられましたか。ずいぶん、お探ししました」


 言われなくてもわかる。この兵は平家の者だ。彼は丁寧にお辞儀をすると将臣に言った。


「至急お戻りください」

「言っただろう。今度俺を連れ戻すときは、斬る覚悟をして来い、って」



「ですが、還内府殿は我が平家にとってなくてならない大切なお方です。いくつもの戦場を切り抜けてきたのも、あなたがいたからこそ、できたのです。そのあなたを斬れるはずがありません」


「………」

 将臣は目を閉じ黙り込んだ。

 望美は嫌な予感がした。

 平家の兵を睨んだが、彼は将臣しか目に入っていないようで。

 気づいたそぶりは見せなかった。

「還内府殿は我が平家にとって希望です。我らにどうぞ、力をお貸しください」

「その様子じゃ、何かあったんだな」

 やや緊迫した様子で将臣は尋ねた。

「はい、頼朝が鎌倉から上京したと」

 兵の言葉に見る見るうちに将臣の顔が強張ってゆく。

 将臣は望美の傍を離れた。

「来てくださいますか?」

 兵の顔は霧が晴れたように明るくなった。

「あぁ」

「かたじけない、これからも我ら平家をよろしく頼みますぞ、還内府殿」

「そんなこと言うな。さっきまでの自分が恥ずかしくなるだろう?」

「では参りましょう」

「少し待ってろ、俺はまだこいつに話がある」

「かしこまりました。ではあちらの畑の辺りでお待ちします」

 兵はその場を後にした。

 









 NEXT


運命を上書きするとはいえ、もう少し甘くしてほしかった。
ということで、二人の行動を糖度高めにしてみましたv






一言感想などお気軽に!


サイト内の文章・小説を無断転載・複写することは禁止しています。