その手に握るは刃か想いか





 将臣は自嘲気味に言った。


「悪りぃな、望美。俺はやっぱり平家を見捨てることなんてできねぇ。ホントに諦めの悪いやつだな、俺も、あいつらも」


「将臣くん!」


「お前のことはもちろん大切だ。だがお前と同じくらい、平家の人たちも大切なんだ」


 望美は何も言わない。

 何も言わない代わりに、ぽたりぽたりと温かい涙が頬を伝った。

 まるで、置いていかないでと訴えるように。

「ったくなくなよ、別れが辛くなるだろう?」

 ぎゅっと抱きしめられた。

 離れたくない、離れたくない。

 どうして、どうして。

 将臣が戦場に出ない方法は、平家を捨てる方法は本当にないのだろうか。

 こんな運命なんてザンコクすぎる。

 望美は将臣の胸に顔を埋めたまま声を上げずに泣いた。

「還内府殿、そろそろお時間です」

 兵が将臣を呼ぶ。


「俺は行かなきゃならねぇ。俺を頼ってくれる人たちを守らなきゃいけないんだ」


 将臣は自分に言い聞かせるように言った。

「将臣くん……」

「お前のことは忘れない、忘れないさ。だから、ゴメンな」

 最後に強く抱擁すると、将臣は手を解いた。


「俺はもう行かなきゃならねぇ。望美、願わくばもう二度と逢わねぇといいな。逢えば余計辛くなる」


 淡々と言い切った後、将臣は微笑した。切なさと望美を思う優しさが入り混じった表情だった。


 きっと、これが世界で一番残酷でそして……やさしい表情だと思った。

 将臣は、望美に背を向け歩き出す。

 望美は懇親の力を込め、呼び止めようと口を開いた。


(でも、呼び止めてどうするの? わたしも平家に行くの? それとも……)


 望美は何も言えず、ただ遠ざかってゆく背中を見送るしかなかった。

 半ば放心状態だったが、望美は杏の家に戻ることにした。

 お兄ちゃんはいなくなったと伝えなければ。

 燈りもなく、真っ暗な夜道。

 何度転んだことだろう。

 足が滑って、畑に転倒した。

 起き上がる気にもなれず、望美はそのまま畑にへたり込んだ。

 布越しに土の冷たさが伝わってくる。

 擦れた膝小僧が痛い。

 どうすればいいのだろう。

 これから先、自分はどんな顔をして将臣と顔を合わせればいいのだろう

(こんな運命は嫌だよ)

 望美は抱きしめるように両手で肩を掴んだ。

 頭の中は将臣との別れ、源平の合戦の行く末でいっぱいだった。

 かきむしるように頭を押さえた。

(将臣くんは最後になんて言おうとしたのだろう)

 

『俺はお前が……』

 

 忘れるはずがない。

 忘れられるはずなんてない。

(わたしは将臣くんを助けたい!)

 

 

『この逆鱗で元の世界に帰れるから』

『神子だけは生きて』

『もう一度、あの人を救いたい! だから、あの世界に戻る!』

 

 と、眩い光が望美を包み込んだ。

 なんだろうと、辺りを見回す。

 どこからか、照らされているのだろうか。

 だが、光りを生じているものは望美だけのようだった。

 何が光っているのか。

 スカートのポケットが妙に熱くなった。

 望美ははっとしてポケットを探った。

 手に硬いものが触れる。

 取り出したのは、銀色に輝く龍の逆鱗。

 逆鱗は自ら光を放っていた。

 白すぎる光が、闇の中に眩しい。

 使いなさいと促すように逆鱗は光り続ける。


 自分の加護を受けた神子のために、白龍が自らの命と引き換えにくれた逆鱗。


(これで、将臣くんを説得しよう。還内府だと知っていると言えば、この運命を変えられるかもしれない)


 望美は逆鱗を握り締めた。

「わたしは行く、夜盗が来る前の吉野の里へ。そこで将臣くんを説得する!」

 そう言い切ったとたん、輝く光の渦に呑み込まれた。

 

 








 END





一言感想などお気軽に!


サイト内の文章・小説を無断転載・複写することは禁止しています。