その手に握るは刃か想いか





 

 二人は吉野山の入り口に近いところに来ていた。

 後ろは山、眼前には畑が広がっている。

 望美はふと森を仰いだ。

 紅葉した葉が目に入る。

 寒くなり、日の光が弱くなったとはいえ、やはり太陽は太陽だ。

 紅の葉を、その葉脈を美しく透かし出していた。

(まるで人の血管みたい)

 戦場で斬った、平家の兵の血煙を思い出す。


 リズ先生に教わった花断ちの要領で、初めて敵に振り下ろした剣。鋭く斬る音がした。恐る恐る自分が斬った兵を見た。兵の首からおただしい量の血が噴出していた。これが、人を斬る、ということか。望美は戦慄したことを覚えている。


だが、そこで立ち止まっているわけには行かない。望美はその後も数え切れないほどの平家の兵を斬った。本当は斬りたくなかった。言い訳にしか聞こえないが、いつもそう思いながら戦場に出ていた。源氏と平家が和解すれば、終わる戦い。両者が譲らないから、いたずらに人の命が消えてゆくのだ。



「望美、大丈夫か?」

 将臣の声で、望美は我に返った。

 詫びるために口を開こうとすると、将臣はそんな望美の気持ちを吹き飛ばすように、からからと笑った。


「いいって、いいって。気にすんなよ。誰だってこんなに綺麗な紅葉を見たら、見入っちまうって」


 望美は紅葉を見て戦場で斬った兵のことを思い出した、とは言えず、ただ、そうだね、と頷いた。


「ホントに綺麗だな、紅葉。静かな場所に、美しい紅葉。なんだか、今が戦乱の世ってのを忘れてしまいそうだ」


 将臣は感慨深く呟いた。

「本当に忘れてしまいそうだね」

 忘れてしまえば、どんなにいいことだろう。

 平家も源氏も。

 関わることがなければ、望美は将臣と敵同士ではなく、幼馴染のままだっただろう。

(白龍を責めても仕方がない)


 鈴の音を聞く神子を、時空の狭間で待っていた白龍。力を失った龍は、無力だ。自分の神子を守りたくても、力が溜まるまで見守ることしかできない。


「あぁ、望美。お前、俺に話があるんだろう?」

「そうだよ、すっかり忘れてた」

「この期に及んでも、相変わらず、緊張感がねぇなあ」

「将臣くんは、平家にこのままずっといるの?」

 さっと将臣の表情が難(かた)くなる。

「俺は……もう平家を捨ててきた」

「えっ!?」

「白龍の神子、いや源氏の神子と二度と戦わないようにするためにな」

 呻くように搾り出した将臣の言葉に、望美は何も言えなかった。

「じゃあ……」

「悪りぃが、源氏につくことはできない」

 望美の心を読んだかのように、将臣は言った。きっぱりと。


「あいつらなら、きっとなんとかしてくれるだろうな。でも、頼朝は俺のこと許さねぇと思うぜ。何しろ俺は平家の還内府―――平重盛だ」


(弁慶さんたちが懸念していたことと同じことを言ってる……わかってるんだ、将臣くんも自分の立場のこと)


 どうすれば将臣を救えるだろうか。

 軍の間は、将臣は八葉として望美の傍にいることが許されるかもしれない。

 いや、八葉は必ず揃えなければいけないというものではない、と弁慶が言っていたではないか。

 つまり、ひとり減っても、他の八葉がその分力を合わせればよいということになる。

 ここで将臣と逢ったことを伏せれば、彼は生き延びれるかもしれない。

 それはつまり―――



(将臣くんと二度と逢えないってこと? そんなのやだ。将臣くんと逢えなくなるなんて、考えられないよ。ずっと、将臣くんと一緒にいたいのに。ただの幼馴染としてじゃなくて……)



 寒風が吹く中、しばし沈黙が訪れる。

 望美は足元を見つめた。

 少しでもいいアイディアを思いつかなければ。

 それなのに清々しいほど何も浮かばなくて。

 望美は悔しい気持ち紛らわせるように、地面を爪先で数度、蹴った。

「お前が悩んで解決できる問題なら、もう自分で解決してるって」

 宥めるようにぽんぽんと頭を撫でられた。

 久しぶりに感じる将臣の手のひら。


 一ノ谷のときとは違う、殺意のない温かいぬくもりに望美は思わず涙腺が緩みそうになった。


「将臣くんにとって、そんなに平家は大切なの?」

 望美は泣きそうになったことを覚られたくなくて、急いで口を開いた。

「そういえば、まだ話してなかったな」

「お願い、聞かせて。将臣くんと平家について知りたい」

「話してもいいけど、日が暮れちまうぜ」

「構わないよ」

 二人は木の根元に座った

 はらりはらりと紅葉が落ちてくる。



「俺が流れ着いた先は、平家の邸だった。邸に忍び込んだ曲者として、最初は斬られそうになった。ところが、生前の清盛に、死んだ重盛に似てる、って言われてさ」



 将臣は思い出すように、目を閉じた。



「それから客として、平家にもてなされて……行くあてもなかったから、そのままずるずると居候させてもらったんだ」



「そうだったんだ」

「あぁ、お前が源氏に拾われたのと同じだ」

(わたしが源氏に拾われたのと同じ……)

 時空の流れで、将臣の手を放さなければこんな運命ではなかったかもしれない。

(だめだめ、過去のことを悔やんでも仕方がないよ。今できることを考えなきゃ)


「確かに平家は俺たちの世界でも軍に負ける。だがな、俺は決めたんだ。世話になった人を最後まで守りたい、ってな」


「一ノ谷で奇襲をしたのは……」

「あぁ、俺だ。まあ、結果的には負けちまったがな」

「争いは避けられないの?」

「和議がおじゃんになったんだ。可能性はもうないだろうな」

「そんな……」



「お前がそんな顔すんなって。考えられるだけ俺も考えたさ。南へ平家全員を移動させる、とか。そうすれば戦わなくてすむだろうし、争いのない平穏な島でみんなで暮らすことができる。だが、こんなのは机上の空論だ。実際、船が足りねぇ。それに四国、九州のやつらが大人しく平家を通すかどうか」



「将臣くんも考えてたんだね」

「考えなしで行動すると危険だし、多くの人の命を預かっている身だからな。」

 そう言いながら将臣は組んだ手を前方に伸ばした。

「こうやって伸びをすると気持ちがいいな」

「ほんとだね。軍ばっかりで、緊張してたせいかな。久々に伸ばした〜って感じがするよ」

 望美も将臣に倣い、手を伸ばす。そしてそのまま上に思いっきり伸びをした。

「あははっ、お前大げさすぎ」

 二人は暫く、小さい頃の思い出、今、元の世界はどうなっているのだろうか、など他愛のない話をした。

 









 NEXT


この辺りは本編を深く掘り下げました。
次から展開がj変わります。




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