その手に握るは刃か想いか





 吉野の里は前に望美たちが来たときと同じような、静けさに包まれていた。



 静寂の中でも人々が生活している、ということは既に望美は知っている。戦乱が続く時代だ。落ち武者、夜盗……物騒な族がいつ襲ってくるかわからない。だから人々は警戒して、昼間でも里中がしんとしているのだ。




(将臣くんいるかな)

 望美はゆっくりと道を歩き出した。

 楓や銀杏の多いこの地は多くの木が紅葉する。

 山吹色に染まっているものもあれば、焦げ茶に、あるいは色鮮やかな紅に染まっているものもある。

 寒さが増したせいもあるだろう。前来たときより、さらに葉が彩(いろ)づいて見えた。

夜盗が火を放った畑には、望美が出たときとほとんど同じ状態だった。

焼け落ちた家はあまり修復されておらず、焼けた畑は荒れたままだった。


 きっと、里人たちはあえて元に戻そうとしていないのだろう。また、盗賊や落ち武者が襲ってくるかもしれない―――被害のことを考えれば、何もしないほうがまし、だと。


「あ、おねえちゃん!」

 突然、「甲高い声が聞こえてきた。

「まって、おねえちゃん、あなたのことだよ」

 辺りを見回し、望美は「おねえちゃん」を探してみた。

 が、誰もいない。

 どうやら自分のことを呼び止めているようだ。

「おねえちゃん!」

桃色の着物を着た童女が、振り分け髪を乱して望美に駆け寄ってきた。

「あ、あなたは……」

望美と目が合うと、童女はにっこりと微笑んだ。

「おねえちゃん! この間、里を救ってくれたおねえちゃんでしょう?」

 童女はさらに目を細めた。

「あなたは……この前お世話になったおじさんの、娘さんだね」

 うん、と元気よく童女は頷く。

「娘さんじゃないよ、あたしは杏(あんず)。杏だよ」

「杏ちゃんって言うんだね。あれから大丈夫だった?」


「大丈夫だよ! おねえちゃんが夜盗をやっつけたから。そのせいか、里に変な人、あまり来なくなったんだ」


 望美たちが夜盗を退治した噂が広まったのだろう。この里に夜盗たちは寄り付かなくなった、と言いたいらしい。


「そうか、よかったね」

「これもおねえちゃんとおにいちゃんのおかげだよ。ありがとう」


「ありがとう……って、今更なんだか照れるなあ。どうしてわたしがここにいることがわかったの?」


「家の窓からおねえちゃんが、見えたんだ。それで走ってきたの。おにいちゃんもいっしょだよ」


「おにいちゃん?」


「夜盗をやっつけたおにいちゃんだよ! おにいちゃんはもどって来てくれたし、お姉ちゃんも来てくれたし。うれしいな。もう怖いもんなしだね!」


 杏は無邪気に笑った。

「もしかして、将臣くんのこと? 今、彼はどこにいるの? 逢える?」

 望美の口から矢継ぎ早に質問が出る。



 杏はびっくりしたように目を丸くしたが、すぐに、今おにいちゃんを、呼んでくるから、そこでまっててね! と駆け出した。


(将臣くんが来る!)

 望美の鼓動がどくどくと高鳴りだした。

 もし杏の言っている「おにいちゃん」が本当に将臣だとしたら……。

 彼に話せるだろうか、これ以上戦うのはよそうということを。

九郎さんや弁慶さんは、そんなことを伝えても、どうしようもない、と言っていたけど……。

 還内府が置かれている立場のことは望美だって重々わかっている。



 源氏の仇敵・還内府―――彼が龍神の神子の八葉で元の世界の幼馴染だ、と頼朝に話したところで、何の解決にもならないだろう。きっと将臣を処刑する、と決断するのではないだろうか。いや、既にその命は出ている。平家抹消、の中に。



 頼朝は一度決めたら、梃子でも動かない人、と景時が言っていた。それは揺るぐことはないだろう。



 それでも、どこかに還内府を、将臣を救う手段はあるはずだ。

(だからこそ、伝えなきゃ)

 望美は決意したようにぎゅっと拳を握り締めた。

「おねいちゃん! おにいちゃん、つれて来たよ!」

「だから、お兄ちゃんじゃないって。何度言ったらわかるんだか」

 苦笑いと共に現われたその人物を見て、望美は瞠目した。



 瑠璃のように青い髪、鎧に身を包んだ厳かな出で立ち。何より、左耳上部についている同じく瑠璃色の宝玉―――八葉の証が、将臣だということを物語っていた。



 望美は数度瞬きをしたが、それは紛れもなく将臣で―――他の誰でもなかった。

(やっぱり、将臣くんだったんだ)

 ほっと安心したような、不安な気持が望美の心中に渦巻く。

「望美!? どうしてここに?」

 将臣は唖然とした表情で言った。

「おにいちゃん? 怖い顔して、うれしくないの?」

「い、いや……そんなことはないさ。さ、向こうに行ってな」

「えー」

 杏が残念そうな声を出す。

「親父さんにもおねえちゃんが来た、と教えてやってくれ」

 将臣に頼まれたのが嬉しかったのか、杏は瞳をぱあっと輝かせた。

「うん。お父ちゃんだけにないしょにするのはよくないもんね」

 杏が去った後、将臣はやれやれと呟いた。

「ふふっ、あの子、将臣くんにすっかり懐いちゃってるね」

「あぁ。そうみてぇだな」

 二人は思わず顔を見合わせて微笑んだ。

 将臣は頬を引き締めると、話があるんだろう? と言った。

「うん、実はそのことで来たんだ」

 将臣は望美が話し出そうとするのを制した。

 警戒するように耳を澄ませているようだった。

「親父さんの家の前で長々と立ち話はできないだろう。場所を変えよう」

 

 









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遙か3将臣第6章の1週目の最後のあたりのお話です。
別れが唐突だし、もう少し甘さがほしいと思ったので妄想してみました!
長い話なので、数話に区切って掲載します。






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