循環
「寒いのか?」
突然、声をかけられ望美は驚いた。
誰にも聞こえないようにそっと呟いたはずなのに。
(意外と泰衡さんって地獄耳?)
首を傾げる望美とは裏腹に泰衡は、
「二人しかいない部屋だ。小さな声でも響くに決まっている」
なるほど、そうかもしれない。
泰衡の言うようにこの部屋には望美と彼の二人しかいないし、外は音もなく降り積もる雪でしんとしている。
「うん、寒い」
手足の冷えを感じつつ、望美は答える。
格子も御簾もしっかりと降ろした。
火桶も二つ、泰衡に用意してもらった。
できるだけ着物を着込んだ。
なのに、なのに、どうしてこんなにも寒さを感じるのだろう。
「平泉の冬は神子殿には寒すぎたようだな」
もう一枚、と着物を羽織った望美を見て泰衡は言った。
「泰衡さんは寒くないの?」
泰衡はいつもの黒い衣装に身を包んだ格好をしている。
「少し寒いとは思うが……神子殿ほどではないな」
「いいなあ、泰衡さんは平気で」
望美は火桶をさらに自分に近づけた。
前から後ろから火桶の暖かさ感じ、少しだけ望美はほっとする。
だけど部屋の空気の冷たさや、どこからか吹いてくる隙間風がすぐにぬくもった身体の熱を奪ってしまう。
「暖房がほしい。あたたかいココアが飲みたい」
溜息混じりに呟くと、
「暖房?」
「わたしが住んでいた世界では、部屋を温める暖房という器具があるんです。これを使えば、部屋がけっこうぬくもるんですよ」
「そうか」
「ねぇ、泰衡さん。これから先、もっともっと衝泉は寒くなるんですか?」
望美の質問に泰衡は一瞬黙り込んだが、
「あぁ。本格的に冬になればな」
「今よりも寒くなるなんて……」
熱ければ脱げばいいし、身体を冷やせばなんとかなる。
だけど冬はそうはいかない。
いくら着込んでも着込んでも寒いものは寒い。
そうそう身体も温まるものではないし(ぬくもったとしてもすぐに冷えてしまう)
「手を貸せ」
ぶっきらぼうに泰衡が言った。
言われるがままに手を出すと、ぎゅっと握られる。
何するのよ、という言葉の代わりに出てきたのはまったく別のものだった。
「あたたかい」
ぽかぽかではないが、泰衡の手はそれなりに温かく望美をほっとさせた。
泰衡のぬくもりを分けてもらうように望美は両手で彼の手を包み込んだ。
堅くなった関節が、指先が、少しずつやわらかくなってゆく。
「望美」
ふいに名前を呼ばれる。
「指先だけぬくもっても仕方がないだろう?」
どういう意味? 尋ねる前に抱き寄せられた。
すっぽりとおさまったのは泰衡の胸の中。
寒くないようにとかけられたのは泰衡のマント。
「これなら寒くないはずだ」
耳元で低く囁かれ、望美は体温が急上昇するのを感じた。
「俺がいる間はあなたに寒いなんて言わせない」
誓うように泰衡が言い、
「じゃあ、今の冬はずっと泰衡さんを放さないから」
望美はぎゅっと泰衡の腕を握った。
かじかんでいた指先に血液が循環し始めた。
END