すみれ色の恋
月明かりが夜道を照らす中、泰衡は馬をかっぽかっぽと走らせていた。
目指すは束稲山だ。
今日はここで望美の別れの宴が開かれるらしい。
(もう始まっているだろう)
そんなことを思いながら泰衡は馬を走らせる。
(良い知らせもあるし、最後に宴に相応しいものとなるだろう。神子殿も安心してもとの世界とやらに帰ることができるな)
泰衡はふいに馬の速度を落とした。
誰かが懸命に走ってくる。
馬と人が同時には通れないほど、この道は狭い。
泰衡は馬を降り、その人物が過ぎ去るのを待つことにした。
はあはあと荒い息遣いが聞こえる。
相手はよほど急いでいるのだろう。
馬がいることにも気づかないようだ。
(怪我はするなよ)
泰衡はそっと相手の安否を気遣った。
「――――っ!」
泰衡は目の前を通り過ぎた相手を見て驚いた。
暗闇でも月明かりで相手の顔がはっきりとわかる。
薄紅色の長髪は――――。
「白龍の神子殿?」
呟くように言った泰衡に、相手が急停止した。
「だ、誰」
桃色の髪がふわりとなびき振り返る。
そして泰衡の姿を捉えると、目を丸くさせた。
「や、泰衡さん?」
予測どおり望美だった。
「こ、こんなところに……嘘っ……」
小さく呟くと望美は口元を手で覆い、泰衡から視線を逸らすように顔を俯けた。
恐らく、息の乱れた自分を見られたくないのだろう。
泰衡は黙って望美の呼吸が整うのを待つことにした。
何故望美は宴から離れたのだろうか。
泰衡の脳裏に疑問が過ぎった。
「もう大丈夫です。そのう……待たせてしまってすみません」
声がし、その方を向くと、呼吸が落ち着きほっとした表情の望美が立っていた。
「謝る必要はない。あなたを呼び止めたのは俺だ。神子殿、あなたはどうしてこちらに?」
泰衡の問いに、望美の体がぴくりと震えた。
何か変なことでも言っただろうか。
「えっと……泰衡さんを探していたんです」
「あなたが主役の宴にも参加せずに?」
方眉を上げた泰衡に、望美は、
「はい。どうしても泰衡さんが宴にくるかどうか確かめたかったから。だから、伽羅御所まで迎えに行こうと思ったんです」
「俺を迎えに?」
泰衡は驚いた。
望美が自分を迎えに来るなんて想像もつかなかった。
自分はそれほどにも彼女に信用されていないのだろうか。
いや、信用されなくて当然だろう。
自分は望美の恋人・銀を殺そうとしたのだ。
「約束したことは何があろうと守る。宴まで犠牲にして俺を探す必要もなかっただろうに。今日で皆と会うのは最後なんだろう?」
泰衡の言葉に望美が小さく「ごめんなさい」と言った。
怯えたような瞳をした望美に、泰衡は少し言いすぎたかと後悔した。
少しだけ目を細め、
「まあいい、もう過ぎたことを責めても仕方がないな」
泰衡の優しい言葉に望美はきょとんとした表情を見せた。
「や、泰衡さん……」
泰衡は腰に下げていた竹筒を外すと、望美に差し出した。
「声が掠れている。あんなに走ってきたから当たり前と言えばそうだな。水でも飲んで喉を潤すといい」
「で、でも……」
戸惑う望美に泰衡は言った。
「汗もかいているようだ。水分を補給せねば、身体に障るだろう」
「わたしが飲むと……泰衡さんと……」
ぼそぼそと呟いた望美に、泰衡は竹筒を開けるとそれに口をつけた。
ごくりと一口水を飲み込んでから、
「安心しろ、毒など入っておらぬ」
望美の前に再び竹筒を差し出した。
3に続く