いいわけ
「や・す・ひ・らさん」
そう言いながら望美は、ソファーに座っている泰衡を後ろから抱きしめた。
「……重い」
泰衡は眉間に刻まれたしわをさらに深くして、読んでいた新聞から目を離した。
「何用だ、望美」
「特に意味間ありません。ただ泰衡さんに抱きつきたかっただけです」
「そうか」
相槌を打つと泰衡は再び新聞を読み始めた。
「ねぇねぇ、泰衡さん。顔を上げてください」
「用はないのだろう? ならば顔を上げる必要はない」
「そんな悲しいこと言わないで」
望美は泰衡の首に顔を埋める。
「わかった、わかった。あなたの言うとおりにするから」
髪の毛が項にかかってくすぐったいんだ、泰衡は言った。
「あれ、泰衡さん、首弱かったんでしたっけ?」
手を伸ばして触れようとすると、予測していたのかさっと避けられた。
「言っとくが、変なことを考えるんじゃないぞ」
わかってる、と望美は返事をした。
「今日は一日中雨ですって。どこにも行けないし、暇だなあ」望美はそう言いながら泰衡の髪に触れた。
黒く艶やかな髪を梳くように弄り始める。
泰衡は気にしていないのか、それとも気にならないようにしているのか。望美の好きなように髪を触らせてくれた。
「そうか?」
「泰衡さんは雨の日が好きなんですか?」
「好きだと言うわけではない。ただーー―」
急に黙り込んだ泰衡に望美は小首を傾げる。
泰衡は口の中でもごもごと呟くように、
「あなたが…………なんだ」
「えっ? 今なんて?」
肝心のところが聞こえなかったです!
望美は肩揉みをやめ、泰衡の言葉を待った。
「なんでもない。あぁ、それより望美、座らないか」
望美の座るスペースを空けるように、泰衡は新聞を畳むと、少し端にずれた。
折角開けてくれたのに応えないわけにもいかず、望美は腰を降ろすことにした。
隣に座り、じっと泰衡を見つめる。
「気になるな、泰衡さんが言ってたこと」
「たいしたことではない」
淡々とした口調の泰衡に、
「そうやって自分の気持ちをはっきりと言わないから、いろいろと誤解されるんですよ」
諭すような望美の言い方に泰衡は眉間を寄せる。
秀衝さん、九郎さん、銀とか。
望美は指折り数え始めた。
仕方がないと言うように息を吐くと泰衡は、
「何度も言うようだが、これは性分なんだ」
「また言い訳して。じゃあどうして泰衡さんはわたしの世界に来たんですか?」
「それはあなたが誘ったからだろう?」
「あれだけ平泉を守ることに必死だったあなたが、わたしのためにここに来たって言うんですか」
「あぁ」
「どうしてわたしのために?」
「それ以上は言わなくていいだろう。あなたは既に知っているはずだ」
「知しらないから聞いてるんです。泰衡さんの気持ちを」
「もう、俺のことばかり考えるのはやめろ。喉が渇いたな。あなたも何か呑むか?」
望美から逃れるように泰衡は立ち上がった。
「仕方ないなあ今回は許してあげます。次はちゃんと教えてくださいね」
泰衡は何も言わない。
それを首肯の合図と解した望美は
「コーヒーがいいな」
「わかった、淹れてこよう」
カウンターキッチンに向かった泰衡の背中を見送りながら、
(素直じゃないところも好きだよ、泰衡さん。でも少しはやさしい言葉もほしいな)
もう七夕は終わってしまったけど、クリスマスにサンタにプレゼントとしてお願いするのもいいかもしれない。
素直な泰衡さんをください、と。
コーヒーの香ばしい香りが漂ってくる。
そのとたん、望美は言い忘れたことに気づいた。
「あ、砂糖は二袋、ミルクは三つでお願いね」
お湯を注いでいた泰衡が目を丸くする。
「コーヒーは甘党なの」
「わかった。用意するだけで十分だろう?」
不機嫌そうに尋ねてきた泰衡に うん、と望美は頷いた。
−END−
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