すれ違う道

御簾越しに差し込んで来た朝陽に泰衡は顔をしかめた。

ゆっくりと瞼を開けると、天井の大きな染が目に入った。

幼い頃、この染が威嚇する犬の顔に見えて怖くて仕方がなかった。

床に就いた泰衡に父・秀衝が布団をかけてくれる。

燈台の薄明かりが父の穏やかな顔と天井の染を映し出す。

見たくないのにどうしても気になって泰衡は横目で犬の染を見てしまい、いつも後悔していた。

怖い。

光がなくなるとこの染の犬が闇の黒さに混じってそこら辺を徘徊するような気がしたのだ。

明かりを消し、去ろうとする秀衝の袂を掴み、

『ちちうえ、まだいかないで』

天井の染が怖いとは言えなかった。

仕事で忙しいはずなのに、父は必ず眠りにつくまで側にいてくれた。

節くれだった長い指でやさしく頭を撫でてもらう。

そうやって泰衡は寝るのが好きだった。

(それがいつから変わったのだろうか)

泰衡は天井の犬を見やった。

昔は恐ろしい獣のように感じたその姿。

今はもう、怖くない。そして。

(幼い頃、父上を慕っていた私はどこに行ったのか)

顔を合わせれば父とは口論が絶えない日々が続いている。

考え方が違いすぎる。

素直に受け入れてくれれば、あんなことを考えなくて済んだものを。

(それでも――――――守るべき道は同じ、そう思えて仕方ありません。
私のあなたに対する非道は、この平泉を守ためなのです)

そう守るため。

父から財産を奪い、建設しようとしている大社。

鎌倉から平泉を守ってくれる唯一の手段。

(あなたが造ってくださった浄土を守るため)

間違ってはいない。

(そのために俺はこの命を……マハーカーラに捧げたのだ。この決意をあなたは知るまい)

もう一度天井の犬を見上げる。

犬がなんだか父の顔ように見え、泰衡は自嘲した。





ーENDー










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