*あかねちゃんの髪は肩にかかるぐらいまであるという設定です。

梅の花、今盛りなり




 

「本当に綺麗な梅ですね」
  あかねは、満開の梅を見て思わず歓声を上げた。
 梅特有の香りが鼻をくすぐる。
 思いっきり息を吸えば、春の香りが胸いっぱいに広がった。
 あぁ、この世界で泰明さんと暮らすようになって一年も経つんだ。
 一年前、鬼の一族の首領・アクラムと戦ったことが遠い昔のことのように思える。
 それだけ京で暮らすことに馴染んできたのだろう。
「うーん、いい香り! ありがとうございます! わたし前にいた世界でも、こんなに綺麗な梅は見たことないです!」
 喜ぶあかねを見て、泰明は目を細めた。
「梅の花 今盛りなり 思ふどち  かざしにしてな 今盛りなり」
「え、泰明さん!? 今なんて言ったんですか?」
 身近な枝を手折り始めた泰明にあかねは尋ねた。
 泰明は枝を二つほど折ると、
「梅が美しいと詠んだのだ。少し、じっとしてろ」
 あかねが口を開く前に、泰明の手が髪の毛に触れる。
「髪を結うが・・・いいか?」
「は、はい…」
 何をされるのだろう?
 あかねは不安に思いながらも泰明に身を任せる。
 泰明はあかねの髪を結い上げると、結び目のところに何かを差した。
「や、泰明さん1?」
「動くな、うまく差せぬ」
 泰明の言葉にやっとあかねは、彼が何をしているか悟った。
 結び目に差す、とったらあれしかない。
「梅の枝で簪(かんざし)を作ってくれたんですね」
「あぁ」
 泰明は口には出さなかったが、よく似合っている、と思った。
 清らかなお前に似合うものをずっと探していた。
 四季の気のめぐりは早く、お前に似合うものを、と考えているうちに時が過ぎた。
 雪は綺麗だがお前に贈るには向かない、と思った。
 桜の季節まではあと一ヶ月もある。
 その前に、どうしても渡したかったのだ。
 お前と初めて出逢う日が来る前に、どうしても。
 梅は春の訪れの花、と言われるように、春の新しき気を多く含んでいる。
 それは清らかであたたかな恵みの気。
 お前に清らかさを与えてくれるだろう。
 そして、もっとお前を美しく見せてくれるだろう。
「こんなに綺麗な梅を差してもらえるなんて……本当に嬉しい。ありがとうございます!」
「神子が喜ぶのならそれでいい」
「似合ってますか?」
「問題ない」
「問題ないって!?」
「すまぬ。問題がないほどよく似合っている、と言いたかったのだ」
 あぁ、そういうことか。
 この恋人は驚くほど器用に何でもこなすのだが、ひとつだけ不器用なところがあった。
 感情を人に伝えることが苦手なのだ。
 長い間感情を封印されていたせいもあるだろう。
 口に出しては言わないが、言葉が足りない、といつも思う。
 泰明がそれに気づくまでにあとどのくらい時間(とき)がいるのだろうか。
 いや、一生気づかないのかもしれない。
 あかねは心の中で苦笑する。
 器用でも不器用でも泰明のすべてが好きだから。
 だから、気づかなくてもいい、と。
「でも、せっかく泰明さんが差してくれたのに……鏡で自分の姿が見れないのが残念です」
 あかねは簪の位置をずらさないように気をつけながら、そっと梅に触れた。
 やわらかな花びらの感触が嬉しくて、笑みが零れた。
「泉に行くか? そこなら水鏡で己の姿が確認できるだろう」
 「水鏡で見る……ナイスアイディアですね!」
 異世界の言葉に泰明は首を傾げる。
「いい考えってことですよ、泰明さん」
 なるほど、と泰明が頷く。
 穏やかな風が吹き、梅の花を揺らし、辺りに春の香が広がる。
 二人は歩き始めた。










―END―


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