やさしい時間



 

 楽しい。

 心から楽しく思う。

 この物騒な世界で唯一平和でやさしい時間がここにある。

 

 

 

「アリス、」

 ビバルディが呼ぶ。アリスは眺めていた商品棚から目を離した。

「何を熱心に眺めておるのじゃ。ん……? 化粧品を選んでいるのか?」

「えぇ」

 ふわっと甘くて心地よい香が鼻をくすぐる。彼女の好きな薔薇の花と似た香りが漂ってくる。

「お前が化粧品を選ぶなど珍しいことじゃ。なに、好きな男でもできたか?」

 ズバリと言われアリスは戸惑う。ビバルディの言ったことは図星なのだが、まだ彼女には知られたくない気持ちがあった。

「違うわ。ビバルディのようになるにはどうすればいいのかっと思ってたの」

「それでまずは肌の手入から考えたのか。お前もようやく恋に目覚めたと喜んでおったのだがまあいい」

 ビバルディーは化粧品をひとつ手に取る。そしてふむ、と眉を寄せた。

「ダメじゃ」

 不満げに発せられた言葉にアリスは驚く。色々な化粧品を見て、この会社の化粧品が一番いいと思ったのに。

「そ、そうなの?」

 値段は飛び切り高いというものでも、三十歳からの〜などうたっているわけでもない。たぶん誰でもが使うようなごく普通の化粧品だと思う。

「若いお前にはもう少し派手なメイクの方がよかろうよ。ここの化粧品はおとなしすぎる」

 ビバルディの濃いメイクを見てアリスはなるほどと納得する。アリスが彼女のようになりたいといったから、ビバルディは考えてくれているのだろう。

「うむ、ここの会社はダメじゃ。チークの種類が少ない。この会社もダメ。口紅の色がぱっとせぬ」

 ビバルディは陳列棚を見回って、ダメだダメだと言っている。ついにお店の商品をすべて見てしまった。アリスに合う化粧品は見つからないまま。

「可愛いお前に似合う化粧品を作っていない会社などクズだな。この店はこの世界のあらゆる化粧品会社の化粧品を取り扱っておるのに。あぁ、もう、どうしてアリスに似合う商品がないのじゃ」

 ビバルディが苛立った声を出した。このままだと化粧品会社者たちの首を刎ねる、などと言い出しかねない。

「もう探さなくてわよ、ビバルディ」

「何故じゃ。折角お前が化粧に興味を持ったのに」

「わたしね、ビバルディのようになりたいって言ったけど、よく考えたらそれは間違ってるって思ったの」

「間違い?」

「そうよ。ビバルディはこの国の女王さまだもの。女王様のメイクをするのはこの国でひとりだけでいいの。だからわたしが真似るなんてよくないと思うわ」

「確かに……お前にわらわのようなメイクは似合わんだろう。わらわのように美しい美貌の持ち主であればこのようなメイクも似合うだろうが。あぁ、お前が決して美しくない、という意味ではないぞ。お前は美しいというより、可愛いからな。可愛いお前にはわらわのような美しいメイクより、可愛いメイクをするべきだ。ふむ……美しいメイクを、ということで化粧品を探しておったが、それはどうやら間違っていたようだな。可愛らしさを重視して選びなおそう」

 にこにこと嬉しそうにビバルディは微笑する。ご機嫌だ。厚化粧は似合わない、と言われてほっとする。



 あの子たちはきっと、厚化粧は苦手なほうだろう。いつもビバルディのことを「厚化粧のおばさん」といっているのだから。そもそも化粧ももしかしたら苦手なのかもしれない。だけど、アリスは化粧してみたい気持ちがあった。メイクをして普段とは違う自分をあの子たちに見てほしいと思った。彼らが大人の姿になったように、アリスも化粧をして大人になりたい。そうじゃないと不平等だ。あの子たちは大人にでも子供にでもなれる。アリスに姿を変えて接することができる。アリスだって化粧して大人っぽくなった姿と、そうでない素のままの自分があっていいはずだ。


 ビバルディは既に化粧品棚を見始めている。

 ねぇ、ビバルディ。いつかあなたにちゃんと相談できるといいな。恋の先輩としてアドバイスしてほしいことが沢山あるの。

 アリスが持つ紙袋には先ほどビバルディとおそろいで買ったビンク色のウサギのぬいぐるみが入っている。



 ビバルディとの買い物は楽しい。たまに辟易することもあるけれど、それでも楽しいのだ。同性だから気兼ねなく接することができる。物騒な武器選びに付き合わされたり、すぐに争いに巻き込まれたりそんな危険とは無縁な時間をすごせる。この世界が危険に満ち溢れているということを忘れさせてくれる。そう言うと、ビバルディは照れたような嬉しそうな笑みを浮かべた。



「アリス。そんなことを言ってもわらわからはなにもでらんぞ? だが、お前が楽しいと言ってくれるのは嬉しいことだな。わらわもお前と買い物をするときは楽しいのだから」

 楽しい、そう呟いてアリスは笑顔になる。

「さあ、アリス。いくつか化粧品を選んでみたのだが、この中で気に入るものはあるか?」

 気がつくと足元に沢山の籠が並べられていた。籠の中には同じく沢山の化粧品が入れられている。

 選ぶのが大変そうだ。アリスはビバルディの好意にありがたくも、ちょっぴり迷惑だなあっと思ってしまう。それでも楽しいから帳消しにできるのだけど。

女同士のショッピングはまだ始まったばかり。

 


END

双子×アリス前提です。
イベントでビバ様とショッピングがあまりにも楽しそうだったので書いてみました♪
お読みいただきありがとうございました!






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