一時だけ許される二人の逢瀬





「本当に来てくれるとは思いませんでした」

 開口一番に言った望美に、経正は穏やかに微笑した。

「約束を破るのは好みませんから」

 

 

 駄目もとでも言ってみるべきなんだな。

 望美は昨日、勝浦の港で経正と再会したときのことを思い出す。


 三草山で逢ったときから経正のことが気になっていた望美は、そのまま別れたくないと思った。


 だから『明日の晩、また逢ってくれませんか』と、頼んだ。

 快く了解してくれた、経正。

 彼がもし疑り深かったら、きっと己を捕らえる罠に違いないと考え来なかっただろう。


 望美が見草山で経正を信じたように、彼も望美を信じてくれたのだ。

 それが酷く嬉しい。

 同時に、自分たちが敵同士ということが悲しく思えた。

「神子殿とこうして二人で話せる日が来るとは……」

 海を見つめながら、感慨深く経正が呟く。


「運の巡りと合わせは不思議なものですね、敵としてではなく、あなたに逢える……。これも神子殿の力のひとつなのでしょうか」


「それは……神子の力には関係ないと思います。神子の力は怨霊を封印するのが主ですし」

「そうでしょうか」


「わたしが経正さんに逢いたいって願ってたから。それが通じて、こうして逢えたんじゃないかな」


「私のことを思ってくださったのですか?」

「は、はい。ずっと、気になっていたんです。あなたのこと」

 望美は恥ずかしさで声が小さくなりそうになるのを我慢して、

「実は……経正さんに伝えたいことがあって……。それで今日は来てもらったんです。わたし……経正さんのことが……す……」

「神子殿」

 最後まで言い切らないうちに経正に遮られた。

 望美の言わんとしていることを悟ったのだろう。

 宥めるように経正は言った。



「その続きは言わないでください。口にすればあなたがこの先ずっと苦しむこととなりましょう。だから……」


「でも、ここで伝えないと……次はいつになるかわからない」

「神子殿……」

 そっと経正に抱き寄せられる。

 踏みつけた浜の砂が、しゃり、と湿った音を立てた。

望美は経正の胸に頬をつけた。


「あなたと今日お逢いしたこと……本当によかったと思います。ただ……あなたには私のことを忘れてもらわなければなりません」


 厳しい言葉とは逆に、背中を撫でる手は優しかった。

 泣きたくなるのを堪え、望美は経正の言葉を待った。


「私たちは敵同士。つらいでしょうがこれは現実です。見つかれば、裏切り者の疑いをかけられるかもしれない。今なら、引き返せるでしょう」


「経正さん……」

 あなたはわたしの想いを拒むの?

 恋に敵味方なんて関係ないよ。

 そう叫んで泣いてしまえればどんなによかっただろう。

 望美は経正の胸に顔を埋めたまま、ずっと黙っていた。

 心の中に溢れる想い。

 ぐちゃぐちゃだ。

言葉の断片が現われては消えてゆく。

「神子殿……これはあなたを思っての決断です」

 経正もまた、苦しんでいるのだろう。

少女の淡い恋心を受け止めることができないのだから。

「わ、わかりました…」

 望美はついにその言葉を口にした。

 頬に熱いものが伝う。

 自分の恋心のために、経正を苦しませてはいけない。

 裏切り者の嫌疑をかけられ、九郎たちに迷惑をかけるのも駄目だ。

 このような結果になることは、初めから想像できていた。

 だから、落ち込んではいけないのだ。

「その代わり、今だけは甘えさせて。最初で最後だから」

 望美は唇を動かすたびに、涙が溢れるのを感じた。

経正は望美の頬に流れる涙を袖で優しく拭った。

「辛い思いをさせてすみません。今だけは……あなた望むままに」

 

 






 END


 甘めの予定が切なくなってしまいました。
 あれ〜? 何を間違ったんだろう、よしのは。
「七夕の逢瀬」が共通したテーマなので、兄上には熊野に来てもらいました☆
 







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