「知盛ってさ、いつも髪の毛が跳ねてるよね」
望美は思い出したようにまじまじと隣に座っている知盛を見た。
望美たちは京邸の濡れ縁に座っていた。
弟の重衝はさらさらの髪なのに。
年が近い兄弟のせいか知盛も重衝も本当にそっくりだ。
容姿も雰囲気も。
もちろん口を開けば、知盛はけだるくてぞくっとするような喋り方、重衝は丁寧でやわらかな口調と、違うのだが。
見た目で唯一異なる部分と言えば、髪の毛だろうか。
さらさらでやわらかな直毛の重衝とは違い、知盛の髪の毛は硬くて縦横無尽に跳ねている。
後姿を見かけ、話しかけようとしたとき、たまに彼が知盛なのか重衝なのかわからなくなるときがある。
そういうときはいつも、跳ねてる=知盛、で見分けるようにしている。
「何か髪につけてるの?」
望美の問いに、知盛は面倒くさそうに口を開いた。
「いや何も」
「ただ、髪を洗ってるだけ?」
「あぁ」
「それは銀……いや、重衝さんも同じ?」
「恐らく……」
望美はそっと手を伸ばし知盛の髪に触れる。
芯の硬い髪の毛が手に触れる。
これは寝癖なのだろうか。
それとも天然パーマのように髪の毛の質、なのだろうか。
「どうした?」
「ううん、何でもない。それより、知盛。髪、梳いてみない?」
懐から櫛を出した望美に、
「お前がしたいならすればいい」
「じゃあ、遠慮なく」
望美は手を伸ばし、知盛の髪に櫛を通した。
(ここの毛ってアホ毛みたいだから。直せるもんなら直したいなあ)
真っ直ぐになりますようにと祈りながら、髪の毛を梳かしてゆく。
が、すぐにびよーんと髪の毛が元に戻ってしまう。
櫛で梳かす前よりも跳ねてしまった知盛の髪を見ながら、望美は考える。
(手で押さえていたら、いいかも)
望美は濡れ縁の上に中腰になると、両手でぎゅっと知盛の頭部を押さえた。
望美の行動に知盛が眉をひそめる。
「望美、いつまで髪を扱うんだ?」
「もう少し。これで真っ直ぐになるはず」
「この髪の質は生まれつきのものだ。真っ直ぐにはならないと思うのだが……?」
「やってみなくちゃわからないじゃない」
いや、本当はわかってる。
わかってるけど試してみたいのだ。
「うーん、やっぱり無理なのかなあ」
両手を離したとたん、ぶわりと跳ね上がった知盛の髪の毛を見て望美は残念そうに呟いた。
「ドライヤーがあればいいのに。お風呂上りにかけてみれば、真っ直ぐになるかも」
「どらいやー? 何だそれは」
異国の言葉に知盛が眉間に皴を寄せる。
「わたしが住んでいた世界の、髪を乾かす道具なの。ねぇ、知盛。わたしの世界に来たら、一度試してみない?」
「断る」
「どうして?」
「面倒……だ。髪弄りはもう仕舞いにしないか? こんなことより……俺は…………」
「俺は?」
小首を傾げた望美に、知盛は面白そうに口の端を歪めた。
そして望美の頬を両手で包み込むと、
「お前がほしい」
知盛の声はぞっとするほど低く、望美は心の奥が疼くのを感じずにはいられなかった。
「お前がほしい」
甘露のような甘さを含んだ口調で、知盛がもう一度囁く。
「い、今は昼間よ? 誰かが見てるかもしれないじゃない!」
「満たすためなら、それが昼であろうが夜であろうが関係ないだろう? そう、お前もほしい、と思っているはずだ」
望美が口を開く前に、知盛が唇を塞いだ。
「んんっ」
体の心まで蕩けるような深い口づけ。
知盛は望美を解放すると、妖然と微笑した。
「お前の好きにさせてやったんだ。今度は俺がお前を好きにしてもいいだろう?」
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