かくれんぼう
緊迫した空気が流れている。
鬼に見つからないように誰もが息を潜めていた。
望美もその一人で、草むらにしゃがみこみ、辺りの様子を窺っていた。
後からかさりと草を踏みしめる音がし、
(お、鬼……に見つかった!?)
恐る恐る振り向いた望美の目に、何かが飛び込んで来た。
「あっ……」
驚くより先に誰かに口を塞がれた。
望美が目を瞬かせていると、口を塞いだ主が静かに言った。
「どうか、騒がれませんようお願い致します」
この品のあるやさしい声は……銀だ。
望美はどうして? と話そうとしたが銀の手が邪魔で上手く口を動かすことができない。
銀は望美耳元で囁くように言った。
「失礼致しました。ですが、私が手を外しても決して大声を出されませんように」
こくこくと頷くと、安心したのか銀は望美から手を放した。
「銀、あなただったのね。鬼かと思ってびっくりしちゃった」
「驚かせてしまい申し訳ありませんでした」
しゃがみこんだ姿勢のまま胸に手を当て銀は、深く頭(こうべ)を垂れる。
「鬼……まだ九郎さんなんだね」
「さようにございますね。九郎様はあちらのほうを探しておいでです」
銀が草むらの向こうを手のひらで差した。
そこには九郎が「出て来い!」「どこに隠れている!」と叫びながら、隠れている仲間を探している姿があった。
望美・八葉・朔・白龍・銀は今、かくれんぼうをしている。
これは望美の案だった。
平泉に呪詛が埋められているのに、暢気なことはできないと思いつつも、気晴らしをしたくて皆でやってきた中尊寺。
寺を眺めているうちに、望美はふと皆で遊びたくなったのだ。
将臣は、かくれんぼうなんて子供の遊びだろうと笑っていたけれど。
皆も同意してくれたこともあって、かくれんぼうをすることになったのだ。
だが、さすがに寺の境内で遊ぶわけには行かない。
かくれんぼうをするのに差し支えない場所を銀に案内してもらった。
「もう少し屈んだほうがいいかな」
「いえ、このままで大丈夫でございましょう。九郎様はまだ一人も見つけ出しておりません」
「時間かかってるね、九郎さん。皆、見つけにくいところに隠れたんだね。ところで……銀はいつからここにいたの?」
銀は後方の木を指すと、
「初めはあの木の裏に隠れておりましたが……」
銀はさらに声を小さくして望美の耳元で囁いた。
「神子様のお傍で隠れたいと思いました」
「わ、わたしの傍で? 見つからなかったの?」
「えぇ、大丈夫でしたよ」「銀、静かにしたほうがいいかも」
口に手を当てた望美を見て、銀は草むらから鬼の居場所を窺った。
九郎が木に向かって何か大声で言っている。
「ヒノエ、見つけたぞ!」
「あーあ、このまま最後まで上手く隠れると思ったのにな。油断したぜ」
ぶつぶつと言いながら、ヒノエが木から飛び降りた。
「俺だっていつまでも鬼をするわけにはいかないからな。ヒノエ、お前はそこで待ってろ」
「はいはい」
「さあ、とっとと見つけ出すぞ!」
腕まくりをしながら九郎が、望美たちのほうにやって来るのが見えた。
(見つかりませんように)
望美はぎゅっと目を閉じた。
九郎の足音が一度望みたちの近くで止まり、そしてまた別の方向へと去ってゆく。
(見つからなかったの?)
望美が恐々と目を開くと、
「見つからなかったようですね」
銀がほうと溜息をつきながら言った。
意外と鬼の近くに隠れているものは見つかりにくいものだ。
自分が鬼でも、つい遠くのほうから探してしまう。
遠くに隠れている場合が多いから。
望美はほっと安心し、息を吐いた。
「ねぇ、銀。こうして二人で隠れていると、なんだか不思議な感じがするね」
望美は見つからないように小声で銀に言った。
「不思議な感じ、とは?」
「なんていうのかなあ。いけないことしている気分?」
そして、疲れた〜と言いながら、望美はしゃがみこんだ姿勢を崩し、体操座りに変えた。
「さようにございますか」
銀は望美に同意するように頷いた。
「うん、そんな気がする」
九郎の、見つけたぞ! という声が聞こえた。
一人、二人と見つかっているようだ。
こうして銀と二人っきりで、隠れていられるのもあと少しかもしれない。
「ねぇ、銀」
望美が呼ぶと、銀は望美のほうへ耳を近づけた。
内緒話をするように耳元に口を近づけると、
「ずっとこのまま見つからなければいいのにね」
銀が驚いたように瞠目する。
「銀ともっと一緒にいたいから」
望美がやわらかく微笑むと、
「本当に神子様は困ったお方だ。この想いは不謹慎だとずっと隠しておりましたのに……。ですが、神子様。拒みはしません。私も……」
銀が最後まで言う前に、それは大声に遮られた。「見つけたぞ! 望美、銀殿」
「九郎さん!?」
望美と銀は同時に叫んだ。
「あれだけ普通の声で喋っていれば見つかるよ」
ヒノエが状況説明をする。
「ヒノエ、あそこで待っていろと言っただろう?」
「じっと待つのも退屈でつまらないね。さ、望美、銀、お前たちは見つかったんだ」
望美が立ち上がろうとすると、先に立っていた銀が手を差し伸べてきた。
「神子様、どうぞお手を」
銀の行為に赤くなりながらも、望美は差し出された手を借りて立ち上がる。
「まったく、見せつけてくれるねぇ」
ヒノエが呆れたように言うと、
「私は神子様に、平泉で過ごす間ご不自由なきよう、にとの命を言いつけられております。こうして神子様に手を差し伸べるのも当然のこと」
「ふーん。あんたが何考えてるのか知らないけどさ、俺も負けないよ?」ヒノエの敵宣言に銀は驚く様子もなく、
「さあ、神子様参りましょう。ヒノエ様、見つかったものはどこにいればよいのです?」
「あぁ、あっちだよ。あの木の向こう」
ヒノエは面倒くさそうに前方の木を指で指し示した。
「よし、九郎、残りの野郎を見つけようぜ」
「お前は掴まっただろう?」
「オレは動きたいんだよ。あ、敦盛見つけ!」
「ヒ、ヒノエ!」
戸惑ったように九郎が言う。
次々と隠れている仲間を見つけてゆくヒノエ、そしてその後を着いてゆく九郎。
そんな二人の様子を見て、思わず望美は微笑した。
「皆様、仲が宜しいのですね」
「もちろん、わたしの大切な仲間なんだから」
もう一度微笑しそうになって、望美はふと真顔になり尋ねた。
「ねぇ、銀。さっき言いかけていたことって何?」
「いえ、もう過ぎたことです。どうかお気になさらぬよう……」
「なんか気になる言い方だなあ。でも、過ぎたことなら仕方がないか」
告白……とか期待してたんだけどね。
望美は心の中でそっと呟いた。
見つかった仲間が集まってくる。
まだ隠れているのは誰だろう。
望美は仲間を数え始めた。
−END−
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