水蜜桃




私が神子様のところに伺いますと、ちょうど果実を召されているところでした。

「譲くんが桃を買ってきてくれたんだ。銀も食べる?」

 陽だまりのようにあたたかな笑みを浮かべ、神子様がおっしゃいました。

 その手には剥かれた桃が握られています。

「えぇ、私も食べてみたく存じます」

 神子様は籠の中の桃をさし、

『好きなのとってね。甘くて美味しいよ」

 私は一つ、桃を戴くことにしました。

 赤く熟れた実から、桃の甘い香りが漂ってきます。

(まるで神子様のようだ)

 神子様が照れるときの頬の色に似ている。

 そしてほのかな桃の香りは、神子様の香のよう。

 何も焚き染めてないというのだけれど、神子様からは甘い香りがするのです。

 花衣を身にまとっているかのように、とてもやわらかく心地よい香りが。

「どうしたの、銀」

 神子様が心配そうにおっしゃいました。

「少し考え事をしておりました。では、戴きますね」

 私は桃の皮を剥きました。

 食べごろだったのかするりと皮は剥けました。

 すべての皮を剥き、桃にかじりつこうとして私は手が止まってしまいました。

 食べるのが惜しい、そう切に思ったのです。

 神子様から戴いたということもあるのでしょう。

 それに……白い身に歯型をつけるのがなんだかとても罪深い気がして……。

「銀、早く食べないと黒くなっちゃうよ」

 桃を食べ終わり、布巾で手を拭きながら神子様がおっしゃいました。

「えぇ……ですが……」

「もしかして甘いものが苦手だった?」

「いいえ、決してそのようなことはありません。ただ……」

 何、と言いたげに神子様は小首を傾げました。

 話そうか話しまいかとしばし迷いましたが、

「こんなことを言うと、神子様はお笑いになるかもしれません。この桃を食べるのが急に惜しくなったのです」

「食べるのがもったいなくなっちゃったってこと?」

 神子様は少し驚かれたようでした。

 私は呆れられていませんようにと願いながらも頷きました。

 ここで神子様に嫌われては……困ります。

「……はい」

「銀、まだ桃はあるから、食べちゃっても大丈夫だよ」

「それは……わかっているのですが。どうしても気が進まないのです」

 神子様が笑顔でおっしゃってくださったことに安心しつつ、私は自分の想いを申し上げました。

「困ったなあ。皮を剥いたんだから早く食べなきゃいけないし……」

 神子様はしばしお考えになったようでした。

「わたしが食べようか、銀。銀にはお土産として持って帰ってもらうことにして。それなら、いいでしょう?」

 神子様の言葉に、私は目をしばたたかせました。

「無理やり食べるより、食べたくなったときに食べたほうが美味しいよ」

「それもそうかもしれませんね。神子様、申し訳ありませんが、これを食べていただいて宜しいでしょうか?」

「もちろん」

 私は神子様に桃を渡しました。


 私は神子様に桃を渡しました。

 布巾で手を拭き、私は神子様を見つめることにしました。

 神子様口をつけるたび、桃の白い肌に小さな歯形ができます。

 汁が艶やかに器の上に滴り落ちます。

「なんか、スゴク銀の視線を感じるんだけど」

 ふいに食べるのをやめ、神子様がおっしゃいました。

 その頬はほんのり赤く染まっています。

「はい、神子様のことを見つめておりますから」

「えっ?」

「神子様がとても美味しそうに召し上がっているものですから……私も桃を食べた気分になってしまいました」

 微笑すると、神子様は、

「銀も食べる?」

 とおっしゃいました。

「桃を、ですか」

「うん。とっても甘くて美味しいから。食べる気になったんなら、食べたほうがいいよ」

「はい、ではお言葉に甘えて戴きたいと思います」

 私は神子様が差し出した桃を掴もうとしました

「え、あ……。いや、これを食べてって訳じゃないんだけど……」

 神子様が慌てて手を引っ込めようとしましたので、私はその手を掴みました。

「食べかけだし。わたしの唾がついて、その……き、汚いから!」

「汚くありませんよ。清らかな神子様が食されたものですから」

「………!」

 戴きます、そう呟いて私は、神子様の持っている桃に口をつけました。

 かりっと噛むと、桃の甘い汁と芳醇な香りが口いっぱいに広がりました。

「とても美味しかったです」

「そ、そう」

「神子様も、この桃のように甘美なのでしょうね」

「し、銀!」

 神子様は頬を赤らめ俯かれてしまいました。

 少し、言い過ぎたでしょうか。

 いいえ、私は常に、神子様に本心しか申し上げていません。

 それを恥らってお怒りになったというのであれば、それはそれで可愛らしいではありませんか。



「だいたい、銀は、ストレートすぎるよ」

 帰り際、門まで送ってくださった神子様がおっしゃった言葉。

「そうでしょうか」

「本心を言うのも大切だけど、それを言っていいときとそうでないときがあるの。少しはわかってほしいな」

 呟くようにおっしゃった神子様に、

「それが私だとお思いください」

 と言えば、

「そういうことは自分で言うもんじゃないよ。ねぇ、銀。ちょっとだけ屈んでくれるかな?」

「はい、仰せのままに」

 神子様は耳元であることを囁かれました。

 それは私を想ってくださっている、とてもあたたかい言葉で……。

 私は嬉しくなり、神子様に微笑みました。

「神子様のお望みのままに……私は私でいることにいたしましょう」


 






桃が美味しかったので書きました(笑)








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