耳を澄ませば安らかな寝息が聞こえる。
足音も忍ばせてるし、翼もたたんでいるし、絶対に失敗などしない。
完全完璧な作戦だ!
思わず拳を固く握りしめたサザキに、
「サザキ、静かにしろ」
注意を帯びた囁きが耳元で聞こえ、サザキは驚いてつんのめりそうになった。
音を立てれば折角足音の忍ばせたのが無駄になってしまう。
澄んでのところで踏みとどまると、
「ちょ、カリガネ! 驚かせんなよ!」
小声で抗議すれば、呆れ顔の相棒は、
「お前が勝手に驚いただけだ」
いつものように淡々と返してきた。
驚かすつもりがなくても相手が驚いたのなら、驚かせた、といってもいいではないのか?
そんなことを思いつつサザキは、何故静かにしろ、と言ったのかカリガネに聞いてみた。
「独り言を言ってたわけではない。だがお前の心情を表すように羽が忙しく動き始めたのだ。だから、静かにしろ、と言った」
「えっ? オレ羽動かしてたの!?」
「無意識だったのか……」
「仕方ねぇだろ。上手くいってるって思ったらつい……」
「次から気を付ければいい。さ、行くぞ」
ふたりは小声で話すのをやめ、そっと姫が寝ている寝台に足を忍ばせた。
「よく眠ってるなあ。これだったら、気づかれないよな?」
小さく微笑んでサザキは背中に背負っていた袋に手を伸ばそうとした。
その刹那。
「ん、んんっ……」
えっ? と、ふたりして固まったのは言うまでもない。
袋を落としそうになるのをこらえると、サザキは声を潜め、
『バレた?』
『いや、寝返りをしただけだろう』
相棒の言葉に安心したサザキは、再び袋へと手を伸ばす。
お目当ての包みを掴むと、姫の枕元へそれを置こうと近づいた。
よし、今度こそ上手くいった! サザキが後退しようとしたとき、
「あっ」
「へっ?」
突然、姫が目を開けたのだ。
数秒間、サザキは姫と見詰め合う。
瑠璃色の瞳が揺れ、その瞬間、闇を震わせる甲高い声が部屋中に響いた。
「誰か、誰か来て! わたしの部屋に不審者がっ!!」
転ぶように寝台から降りると、姫は扉に向かってあらん限りの声を出した。
サザキはカリガネと顔を合わせた。
ここで仲間を呼ばれては計画が台無しだ!
サザキは姫の前に躍り出ると、
「待てよ、待てって、姫さん! オレだ、オレっ! 八葉のひとりサザキだよ! ほら、カリガネ。お前もぼうっとしてないで名乗れって」
「二ノ姫、我々は決して怪しいものではない」
姫は叫ぶのをやめ、サザキたちを確認するようにまたたきをした。
そして。
ほっとしたようにその場にぺたりと座り込んだ。
「サザキとカリガネだったの。夜中に女の子の部屋に入ってくるなんて、不審者扱いされても仕方ないわ」
「ゴメンな、千尋」
ぺこりと頭を下げたサザキに、千尋と呼ばれた少女は淡く微笑した。
「もう気にしなくていいわ。で、こんな時間にどうしたの? 何か急用でもあったの?」
「そうではない」
カリガネの言葉に、急用じゃないのね、と千尋は呟いた。
そして、改めてふたりを見つめた後、
「ふたりとも、どうしたの? その格好。赤い帽子に茶色の角……まるで、サンタクロースとトナカイみたいだわ」
そう、千尋の言うとおり、サザキとカリガネはサンタクロースとトナカイの衣装に身を包んでいた。
風早からクリスマスの話を聞き、夕霧に手伝ってもらって衣装を作る布を集めた。
サンタクロースもトナカイも、サザキたちには見たこともない生物だったが、風早の話から想像してなんとかそれらしく仕上げることができた。
姫のこの一言で、かなり姫の世界のサンタクロースらに近い格好に仕上がったということがわかる。
サザキは少しだけほっとした。
サンタクロースとトナカイに見られず姫に「変な格好」と言われないかと心配だったのだ。
「その通りさ、姫さん! オレたちはとちサンタクロースの格好をしているんだっ! で、これからなんて言うんだったっけだっけ?」
後半は小声で相棒に尋ねる。
「あれほど予行練習をしたのに、お前というやつは……」
「予行練習?」
ふたりの話が聞こえたのか千尋が首を傾げる。
「え、えぇっとなあ。なあ、ええっと……えぇっと……」
顔を真っ赤にし、どもり始めたとサザキを憐れんだのか、
「俺たちは姫、君にくりすますとやらの贈り物をしにきたのだ」
「かー! カリガネっ! 最初に言っちまうのかよ!」
「お前がもたもたしているからだろう」
「もたもたって、上手言えなかったんだから焦ったって仕方がないだろう?」
「姫はもう知った後だ。今更聞かなかったことにするのは難しいだろう」
ごもっとも、というように千尋が、
「もしかして、クリスマスプレゼントを持ってきてくれたの?」
「あぁ。その……風早に聞いてな。最近、戦いばっかりだったし、姫さんの気晴らしにいいかと思って」
で、ぷれぜんと、そう言いながらとサザキは再び背中の袋に手を伸ばす。
「ほら、姫さん。めりーくりすます! オレとカリガネからのくりすますぷれぜんとだっ!」
恥ずかしさを吹き飛ばすように明るく言うと、サザキは押し付けるように千尋に包みを渡した。
千尋の月光に照らされた可憐な花のような笑みに、サザキは再び照れてしまう。
隣を見れば普段感情を表に出さない相棒も、嬉しいのかやわらかな笑みを浮かべていた。
「ありがとう、ふたりとも。すごく嬉しいわ。 この世界にでまたクリスマスが祝えるなんて! もう二度とかなわないって思っていたわ」
「姫が喜んでくれたのならよかった」
「開けてもいい?」
「もちろんだとも! オレとカリガネからの贈り物! 驚いて腰を抜かすなよ?」
「姫、サザキの言うことは大げさだ。気にするな」
「じゃあ、早速開くわね」
よかった、カリガネにクリスマスプレゼントのことを提案して。
姫さんがこんなに喜んでくれたんだ。
本物のサンタクロースのように煙突から入ることは出来なかったけど、朝起きたら枕元にクリスマスプレゼントが置かれているという状況は作れなかったけど、それでもやってよかったと思う。
サザキは包みを開いている千尋の姿を見る。
きっと彼女はさぞかし喜んでくれるだろう。
なんたって、カリガネとふたりで知恵を絞った最高の贈り物なんだからな!
ただし、虫歯には気をつけてくれよ?
終わり