切り離された、桜色の世界
ふぅ、神子がひと吹きするたびふわふわとした白い綿毛が青空に飛び立ってゆく。
ふぅ、ふぅ。
神子は何度も何度も蒲公英の綿毛に向かって息を吹きかけている。
何もかもが平穏だ。私は神子の散歩に付き合い、その彼女は陽だまりの中で蒲公英の種を吹く。軍を知らない若い鶯がたどたどしく鳴き、やわらかな春風が頬を撫でてゆく。血煙の上がる戦場から切り離された、桜色の世界。
(私は、神子をこの運命で守れるだろうか)
目を閉じれば生々しく蘇る記憶。戦場で一人の少女の白肌が朱に染まってゆく。私は息絶えたその彼女を抱いて慟哭するのだ。「何故、運命を変えられなかったのか。何が間違っていたのか」と。
(何度同じ運命を繰り返そうと、何度お前を失おうと、私は諦めない。過去にお前は生きていているのだから)
数多の運命の中に神子を救う手段があるはずだ。
(だから、神子。どうか無事でいてくれ)
私は願う。神子の未来を。これから先の運命を。残酷なものではなく、喜びに変えてほしいと。
「先生、どうかしましたか?」
私の視線が気になったのか、宙に浮かんだ綿毛を見るのをやめ、神子が聞いてきた。
「なんということもない。ただ綿毛が綺麗だ、と思っていたのだ」
神子の手には幾つもの蒲公英の茎が握られている。
「沢山飛ばしたな」
「そうですね。面白くてつい沢山飛ばしてしまいました。昔から、蒲公英の綿毛を吹くのが好きだったんです。小さい頃、将臣くんや譲くんたちとよくやっていたな。将臣くんは専ら「俺はやらない」って言って見ているだけだったけど」
「そうか」
「あ、先生。すみません。こんな子供っぽいことにつき合わせてしまって」
恐縮したように頭を下げる神子に、私は微笑した。
「気にするな。私はお前が楽しければそれでいい」
(この運命で神子を救いたい。そのためにはお前に剣を教えなければいいのかもしれない。だが、それは願っても無意味なこと。それならば、私は神子が自分で自分の身を守れるよう、全力を尽くして教えよう。その中に、お前が生きる道が隠されているかもしれないから)
「神子」
「なんですか、先生?」
きょとんと小首を傾げ、神子が見上げてくる。
「戻ったら、剣の稽古をするか?」
END
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