「あぁ、アリス! やっと、見つけた僕の愛しい人!」
廊下で会うなり、飛びついてきた白いウサギ。普通のウサギなら可愛いが、今わたしに抱きついてきたウサギは人間サイズだ。そして結構長身のお兄さん。勢いよく抱きつかれ、わたしはバランスを崩しそうになる。ぎゅっ、ぎぎゅっ。力強くペーターは抱き締めてくる。
「ちょっと、ペーター。苦しいわよ!」
「苦しいほどに僕を想ってくれてるんですね? 嬉しいです! 僕もあなたを想いすぎて胸が苦しくて、苦しくて、どうかなってしまいそうです!」
わたしの抗議なんか無視してペーターはさらに背中に回していた手に力を込めてきた。
歯を食いしばってなかったら「ぐぇぇ」とカエルみたいな変な声が出ていただろう。わたしはカエルにならないように堪えると、
「いたいって! そんなにぎゅうぎゅう抱き締められたら、髪の毛が!」
わたしは腰までかかる長髪だ。髪の毛がうまい具合にペーターの手と絡まって彼が力を込めるたびに引っ張られて痛いのだ。
「ねぇ、聞いてる?」
ちっとも力を緩めないペーターにわたしは痺れを切らせて言った。
「聞いてますとも! 髪の毛が僕の手に絡まってしまうほど、僕のことを愛してくれていると言うことを!」
ペーターは嬉々として言った。
「聞いてないじゃない。放してくれなかったら、一生キス禁止!」
起こったように宣言すると、ふいに身体が自由になった。ペーターが手を放したのだ。
「もう、死ぬかと思ったわ」
わたしは溜息をついた。
これは日々の生活の些細な一場面。逢うたびにペーターは「愛してる!」と叫びながら飛びついてくる。朝でも昼でも夜でも。美形で長身のお兄さんに愛されて本来なら喜ぶべきだろうけど。
(ウサギ耳がついてるし、しつこいほど愛を囁いてくるし、人の話を利かないからね)
わたしはもう一度溜息をついた。
「……ス、……アリス」
突然顔を除きこまれわたしは我に返った。
ペーターは寂しそうな顔でわたしの様子を窺っている。
「ごめんなさい。どうか、僕のこと嫌いにならないで」
うるうると潤みそうな瞳でペーターはわたしを見つめてくる。
「あなたに嫌われたら……僕は僕は……」
声を震わせながら言うペーター。
その続きは聞かなくてもなんとなく予想できる。
「顔無しをひとり残らず殺る、とかそう言うことでしょう?」
ペーターは驚いたように瞠目する。ほら、図星じゃない。
「アリス、どうして僕の考えてることを?」
暫し考えると、ペーターは突然ひらめいたように手を叩いた。それまで垂れていたウサギ耳がぴんと立つ。
「ふふっ、これも愛の力ですね。あなたは僕の考えが読めるほど、僕のことを愛してくださっている! あぁ、本当に好きです、大好きです、愛しています! 僕の可愛いアリス!」
またもや抱きついてきそうなペーターにわたしは、
「本当に一生キス禁止になるわよ?」
冷たく言い放ち釘を刺す。
ぴたりとペーターが止まる。
「アリス、どうしてそんな酷いことを言うんですか? 僕はもう邪魔ですか? 嫌いですか? どうすれば前のように好いてくれるんですか?」
泣きそうな勢いだ。わたしは慎重に言葉を選びながら、
「嫌いになってないわ。好きよ、あなたのこと。だけど、今は抱きついてほしくないの」
「今は?」
きょとんとした表情のペーターにわたしは吹き抱きそうになるのを堪え、
「そう今は」
「じゃあ、時間が経ったら抱き締めてもいいんですね?」
「それは……あなたの行いによるわね」
「またあなたを抱き締められるよう、僕、気をつけます。なんたって、僕は賢くてお行儀のよいウサギですから!」
まったく、ペーターは現金だと思う。わたしの言葉ひとつひとつに泣いたり笑ったり。
(でも――――ペーターがいなかったら、わたしはいつまでも姉さんの影に埋もれていたかもしれない)
嬉しそうにぴょこぴょこ動く、ペーターの頭のてっぺんを見つめながら、わたしはそっと呟いた。
この世界に連れてきてくれて、ありがとう、と。
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