光の帯が導く夜に





 

 就寝をしようとした矢先、がらりと障子が開いた。

「来い」不機嫌そうな声で九郎が言う。

 昼間、絶交したのに。どうして? 望美の頭の中に疑問詞が浮かぶ。


 あんまりにも九郎の態度に腹が立ったから望美は「絶交します!」と宣言した。



 九郎も「望むところだ」と言ったではないか。

望美の返事を待たず、九郎は歩き出す。

(断ってまた機嫌悪くなったら嫌だな)

仕方なく、望美は九郎の後をついて行くことにした。

 

 

 狐色の長い髪が目の前で揺れる。

 九郎はずっと黙したままだ。

 望美が小走りをしなければいけないほど、ずんずんと歩いてゆく。

 京邸を、町を抜け、川を渡った。

 夜のせいか、自分がどこを歩いているのかわからない。

 ただ、頼るは九郎の背中だけ。

「着いた」ぶっきらぼうに九郎が言い放つ。

(どうしてここに九郎さんは連れてきたのだろう)

 望美はきょろきょろと辺りを見回した。

 広々とした草原だった。

 夜露に濡れた草が、月明かりで鱗のようにきらきらと輝く。

「下じゃない、上だ」

 九郎に言われ望美は空を仰いだ。

「すごい……」

 雲ひとつない澄み渡った空。

 満天の星。

 空の中央に流れるように集まった光は天の川だ―――。

(あぁ、今日は七夕なんだ)

 剣の修行やら怨霊退治やらですっかり忘れていた。

(もしかして、九郎さんはこれをわたしに見せるために―――?)

「見たいって言ってただろう? 天の川」

 望美の心を読んだかのように、九郎が言った。

「覚えていたんですか?」


「もちろんだ。春に約束しただろう? 夏になったら天の川を見せてやるって」


 九郎はいつも忙しそうにしているから、そんな約束忘れていたのかと思った。


 嬉しくなってつい、口元がほころびそうになるのを望美は慌てて手で押さえる。


 そうだ、絶交中だった。


「その……さっきはすまなかったな。大人げなくお前を怒鳴りつけたりして……悪かった」


 ぼそぼそと呟くように九郎が詫びた。

「わたしのほうこそ、ごめんなさい」

 九郎は望美の言葉を聞くと、


「絶交、だと言われたからな。許してもらえなかったらどうしようかと悩んだぞ」


 ほっとしたような笑みを見せた。

「じゃあ、もう仲直りですね」

 望美は心のわだかまりが解けていくように感じた。

「あぁ」

「九郎さん、よくこんな場所知ってましたね」

 望美は空を再び仰ぎながら言った。


「この辺りは森もないし、見晴らしがいいからな。天の川もよく見えるだろうと思ったのだ」


「わたし、こんなに綺麗な天の川初めて見ました。わたしたちの世界では、建物が邪魔だったり、いつも天気が悪くて見れないから」

「そうか、ならよかったな」



(こんなに心を奪う風景なんだもの。願い事も叶いそうだな。短冊には書けなかったけど、心の中で祈ります。彦星さん、織姫さん、わたしの願いをどうか叶えてください……)



「望美?」

 目を閉じ両手を合わせ始めた望美に九郎が瞠目する。



「願い事が叶いそうな気がして。それで祈ってたの。本当は短冊と言う紙に書くんだけど……。こんなに晴れてるんだから、きっと天(そら)の上の彦星と織姫に届くよ」



 子供のように無邪気に笑う望美に、九郎は目を細める。

「あぁ、俺も何か願うとするか」

 

 

 

「九郎さんはなんて願ったの?」

「源氏が軍に勝てるように、だ」

「九郎さんらしい願い事だなあ」

「お前はなんて祈ったんだ?」

「え、わ、わたし?」

「言い難いことなら、聞かないが……。お前の願い事、叶うといいな」

(たぶんもう、叶ってるよ。仲直りしたしね)

 望美は心の中で呟いた。

 

『九郎さんと、一緒にいられますように―――』

 

 それがわたしの願い事。

 






 END


 昼間に天の川が見えたら……きっと九郎さんは馬で連れて行ってくれるんだろうな。
 と、そんな想像をしながら書いていました。
 ちょっと設定がこじつけになってしまったのが残念(いや、ゲーム中だから致し方がないことなのか)







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