ユズ

買い物から帰って来た梶原兄妹を迎えると、なにやら甘酸っぱい香りが漂ってきた。
くんくんと犬のようににおいをかぎ、望美はそのいい香りの発信源が景時の持っている袋にあることを知った。

「んー、いい香り!」

大きく深呼吸した後、望美は感嘆するように言った。

そんな望美に景時は淡く微笑むと、

「いい香りがするでしょう?」

「はい、いい香りがしますね。ユズですか?」

「大正解! 今朝取ったばかりなんだって。
安かったし、料理に使ったら美味しそうだと思って買ってきたんだ!」

「おすいものや酢の物に使ったらいいかも! でも、ちょっと量が多くないですか?」

景時の両手にはユズの入った大きな袋がぶら下がっている。
よく見ると、朔の片手にもユズの入った袋が握られている。
  
景時が答えるよりも早く、朔が呆れ顔で、

「そうなのよ。望美も買い過ぎだって思うでしょう?」

「あれ〜? 朔、賛成してくれてたんじゃないの?」

「もちろん、賛成しましたわ、兄上。
望美、兄上はこの大量に買ったユズで、ユズ風呂をするんですって」

 

ユズ風呂、その言葉を聞いたとたん、望美の脳裏にユズを浮かべた湯船がぽわんと映し出された。熱いお湯、ユズの香りに包まれながらのお風呂タイム。なるほど、それならこの大量すぎるユズを買った理由も納得がいく。



「そうそう、ユズ風呂をするんだ。今が旬だからさ。食べるだけじゃなくて、いい香りも楽しみたいでしょう?こういうのを望美ちゃんの世界でほら…えっと、何だっけ?なんとからっくす?」


「リラックスですよ、景時さん」


「そうそう、りらっくすだよ。ここ数日間は軍、軍奪からね。
久々に我が家に戻って来たんだもの。軍がない時ぐらいゆっくりと休まなきゃ」


「景時さんに賛成です! ユズ湯気持ちよさそうですね!」



「ありがとう〜賛成してくれて嬉しいよ♪ よし! みんなが気持ちよく入れるようにオレ、びっかびかに風呂磨いてくるから!そうそう、朔。あとで果物屋が来ると思うから。ユズ、受け取ってくれるかい?」


「ユズですって!? 今、買ってきたばかりでしょ?」

「十一人がユズ風呂に入るんだよ? それなりにユズの量がいるでしょ? 頼むよ、朔」

 景時はそう言うと足早に風呂場へと行ってしまった。


朔は絶句したまま、兄の姿を見送っていた。
恐らく、景時がユズを追加で頼んだというのに衝撃を受けているのだろう。

「景時さん、やけにテンション高いなあ。どうしたんだろう?」

景時のあまりの素早い行動に望美は目を丸くする。


「きっと、みんなに軍のことをひと時の間でもいいから忘れてほしいのよ。
兄上は楽しいことが大好きだから」


あぁ、と望美は頷く。隣の部屋では弁慶と九郎が軍の戦略について話し合っていた。

「やっぱりムードメーカーだなあ」

神子という役割をなかなか受け入れなくて悩んでいた時、景時は望美を笑わせてくれた。
元気が出るように、とおまじないをしてくれた。


(きっと景時さんには悩みなんて無いんだろうな。わたしも彼みたいにたりたいな)

望美は悩みなき晴れ渡った青空のような景時を羨ましいと思った。

このとき、既に景時には鎌倉殿から「白龍の神子を殺せ」という書状が届いていた。
このことを望美たちが知るのはもっと後のことになる



【終】
マガからの再録です。
ユズが食べたいときに書いた話だと思いますv
ユズ風呂っていいですよね!!