雨とキミの笑顔と







「もう今日は散々だったよ」

 ほとほと参ったという体(てい)で景時は望美に呟いた。


「朝は快晴だったのに急に曇りだしてさ。気がつくと土砂降りの雨。洗濯物も布団も濡れちゃったし、朔には怒られるし……」


 部屋の中は洗濯物、布団が干されている。洗濯物特有のひんやりとした湿気のにおいがした。

「春の天候は読めないなあ。晴れてたと思ったら雨が降るし」

「確かにわかりませんよね」

「ねぇ、望美ちゃん。君は雨、好きかい?」

 ことりと飲んでいた湯飲みを畳みに置き、景時は言った。

 望美は景時が注いでくれたお茶を―――湯飲みを持ったまま、

「嫌いじゃないかな」



「そうなの? オレはあんまり好きじゃないな。ほら、雨の日って大好きな洗濯ができないじゃない? 気持ちもじめじめしちゃいそうになるしさ〜」



 景時は言葉を区切ると

「でもいいよね。望美ちゃんは雨が好きで。オレも雨のこと、好きになれればいいんだけど」

 困ったように苦笑する景時。

「景時さん……」

 何を思ったのか、望美は湯飲みを畳みの上に置くと立ち上がった。

 御簾をあけ、そして格子戸を開く。

「の、望美ちゃん?」

 勢いよく入ってきた風と雨粒をまともに受け、景時は驚いた拍子に少しよろけた。

 格子戸の隙間から先ほどと変わらない鼠色の天が見える。

 ざああと降る雨。

 意味ありげに望美は景時に微笑んだ。

「ま、待ってよ!」

 景時も慌てて望美の後を追う。

 望美は足袋のまま階を降りてゆく。

 ざざあと雨音が大きくなる。

 地面にはいくつもの水溜りができていた。

 雨が落ちるたび、水溜りの泥が跳ねる。

 その中を望美は歩き、少し進んだところでくるりと景時のほうを向いた。

 望美の髪が――――服が濃く染まってゆく。

「どうしたの、いきなり」

 驚いた景時に、望美は桜の花びらのようにやわらかく微笑すると、



「これが雨が好きになる方法です。こうやって雨に嫌なことを流してもらえばいいんです。滝に打たれて修行するみたいに。雨に打たれると心が穏やかになってゆく。心配事をすべて洗い流してくれる、雨にはそんな力があると思います」



 水気を払うように望美は後ろ髪を手でかきあげた。

 雨に濡れた顔を拭わぬまま望美が笑った。


 ざああと降る雨。その中で舞うように佇む少女。一度神泉苑で雨を降らせた龍神の神子。その彼女が言う「雨は清浄」だと。


(この雨なら……オレが今までやってきた裏切りも洗い流してくれるだろうか)



 望美とともに雨に打たれようか。そんな思いがふと過ぎる。だが、八葉が神子に風邪を引かせてしまっては意味がない。八葉は彼女を「護る」ものなのだから。



「ありがとう、望美ちゃん。もう、あがりなよ」

 景時は階を降り、望美に手を差し出した。

 雨に濡れ冷え切った手を握り返しながら、景時は小さく呟いた。

 君と見る雨なら、好きになれるかもしれない、と。



END







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