祝言






「ねぇ、柊の誕生日って二十九日よね」

「はい。そうでございますが……姫、如何されましたか?」

「今日は二十八日。今年は閏年じゃないから、二十九日までないわね……」

 少しだけ寂しそうに呟いた千尋に柊は眉を上げた。

「おっしゃるとおり、今年は閏年ではない。よって私の生まれた日は暦上ないことになりますね」

「ない、とか、ある、とかそういうことじゃなくて! ただ――――」

 言葉を探すように千尋は俯いてしまった。

 我が君はいったい何をお悩みになっているのだろう、
柊は首を傾げる。自分の生まれた日と我が君が悩む理由――――さっぱり思い当たらない。

「いつ、祝ったらいいのかしら」

「はい?」

「今日祝うのか、それとも明日祝ったほうがいいのか」

「恐れ入りますが……我が君? 何を祝うのでございましょう」

 我が君が何かを祝うのであれば自分も全力で協力しなければ。

「柊のあなたの誕生日よ。あなたの誕生日を祝いたい……。でもいつ祝っていいのかがわからないの」

 泣きそうな声で言われ、柊は慌てた。

「そ、それは……我が君の思う日に祝っていただければ……この上ない幸せにございます」


 自分の誕生日のことを考えていたのかとようやく柊は合点がいった。祝うという風習がないため、彼女の悩みに気づけなかった。失態だ、柊は心の中で苦笑する。


「じゃあ、前日の――――二十八日がいい?」

 千尋に問われ、柊は言葉に詰まる。


 暦上の日付がないから前日、後日、という言い方はおかしいかもしれない。二十八日に祝われるか、それとも弥生の一日の言葉をもらうか。さて、自分はどっちがいいのだろう。よくわからなかった。我が君が自分の誕生日を祝ってくれることはとても嬉しいと感じたのに。



「我が君が傍にいてくださるのでしたら、いつでも構いません」

「柊……?」

 千尋が目をしばたたかせた。

「姫の世界では生まれた日に祝いの言の葉を贈るのでしょう? 私のような僕(しもべ)もいただけるのでございますか?」

「もちろんよ」

「あぁ、なんて我が君はお優しいのでしょうか」


「なんかそう言われると恥ずかしいなあ。本当は今日が誕生日じゃないけど……。でも、どうしてもお祝いしたかったの。だから、柊、お誕生日おめでとう!」


 はにかむように微笑すると、千尋は柊に包みを差し出した。

 受け取りながら、柊は言葉の余韻を噛み締める。

 あぁ、甘い。言の葉も、我が君の笑顔も。

「これは?」

「クッキーを焼いたの」


「ありがとうございます、我が君。誕生日を祝うなど今までありませんでしたが……大切な人に祝われるのはとても甘くて心地がいいものですね」


「ひ、柊っ!」

 千尋は頬を桃色に染めた。

「あ、あとね」

 千尋は暫く言葉を探すようにもじもじしていたが、

「これも、贈り物よ」

 千尋が背伸びをする。そして柊の頬にあたたかいものが触れた。

 我が君の唇? そう思っている間に温もりは離れ……。

「今日だけの特別だから」

 千尋が悪戯っぽく微笑した。



END







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