あたたかな気持ち
雲ひとつない綺麗に晴れ渡った青空が広がっている。濃い桃色の提燈が木々に取り付けられ、夜桜対策もきちんとされている。久しぶりの晴天に、みな喜んだのだろう。多くの人がこの公園に花見をするため訪れていた。
花見。望美と白龍と有川兄弟は桜を見るためにとある鎌倉市内の公園に来ていた。公園を囲むようにして植えられている桜はどれも満開に咲き誇っていて、その凛とした姿はとても綺麗だ。
「凄い! いろいろなお店がある!」
公園に入ったとたん大きな目を丸くさせ、白龍は驚いたように叫んだ。たこ焼き、焼きそば、綿菓子、お面……どれも異世界では見なかった珍しいお店だ。
きょろきょろきょろきょろ。
水色の瞳を目一杯開けて、白龍は興味深げに辺りを見回している。視線はくるくると変わる。他にもお店はあるのかな? そんな疑問を持ったのだろう、白龍は前方を指差した。
「ねぇ、神子。向こうに行こう」
あどけない表情で望美の袖を引っ張る様はまるで子供だ。二十前後のいでたちをしているのに、中身は純粋無垢な子供そのもの。回りを気にせず無邪気にはしゃぐ姿は、周囲の目から見たら少し浮いているのかもしれない。
「ちょっと待ってね。白龍。まだ、来てないよね。景時さんたち」
歩き出そうとする白龍に待ったをかけながら望美は言った。後半は隣で腕時計を睨んでいる譲に向けたものだ。
譲は腕時計から目を離すと、待ち人を探すように周囲を見回した。
「そのようですね。四時の待ち合わせにはまだ早いし……もしかしたらゆっくりこちらに来ているのかもしれませんね。この辺りは観光地も多いことですし。異世界とこの世界の鎌倉は同じ名称でも全く別のもの。この世界の鎌倉の春の風景に驚いているのかもしれません」
「景時さんならしてそうだね。九郎さんや弁慶さんと一緒に観光しているのかな」
花見をするために青いビニールシートを敷いて座っている人々を見て彼らは驚いているのかもしれない。異世界の鶴岡八幡宮より増えた桜を見て、目を丸くしているのかもしれない。あくまでも、あくまでも望美の憶測だ。
「まだ待ち合わせ時間まで時間があるし、花見の場所はリズ先生と敦盛が押さえてくれている。ちょっとぐらいなら見回ってもいいだろう。な、兄さん?」
譲は隣にいる兄を見た。
「兄さん?」
いない。隣にいるはずの兄の姿が忽然と消えていた。
「さっき、向こうの出店のほうに走っていったよ」
後方を指差し、白龍が淡く微笑する。
「全く、本当に集団行動ができないんだから」
呆れたように譲は溜息をついた。
「小学生の頃からだもんね」
仕方ないよ、と望美も同意する。
「だけど……譲の言ったとおり少し早めに来て正解だったね」
「そうそう。三十分も早くついたんだもん。出店も見られそうだし。ね、譲君も一緒に行こうよ」
「俺はここに残りましょう」
「一緒に行かなくていいの? 譲?」
「大丈夫さ。待つことには慣れてるからな。それに俺までいなくなってしまったら、戻ってきた兄さんが困るかもしれないだろう?」
あぁそうかと、合点がいったように白龍が頷いた。
「じゃあ、一緒に行こうか」
望美が言うと、袖を引っ張っていた力が抜けた。代わりに手を握られる。子供のように温かなぬくもりに、望美はついほっとしてしまう。春になったといっても風はまだ少し冷たい。手袋をつけるほどにはないにしろ、手を温めたいという気持ちはあった。自分の手は氷みたいに冷たいだろうなあっと申し訳なく思いながらも、望美は白龍の手を握り返した。
「うん、そうしよう、神子。きっとあの向こうに神子の好きなものがあるよ」
嬉しそうに微笑する白龍。見ているこっちまで嬉しくなるような明るい笑みだ。
「あ、先輩。白龍。言い忘れてました。買い食いはあまりしないでくださいね。花見弁当が食べれなくなりますよ」
「それは困るな」
幼馴染の弟からの忠告に望美は苦笑いを浮かべる。
譲は先日、一日がかりで花見用の弁当の用意をしてくれた。譲の料理の腕はかなりのもので、望美もまた白龍も彼の料理の大ファンだった。
「おなかが減るように身体を動かさないとね」
うん、と白龍が頷く。
手を繋いだままふたりは歩き出す。白龍とこうして二人で過ごすのは久しぶりだ。彼が喜んでいるのを見ると自分まで嬉しくなってしまう。親戚の赤子が可愛いと思うのとはちょっと違う。片思いのときの切ない気持ちとも少し違う。白龍を見る眼差しは、一緒にいるだけで愛しくて楽しくて温かくなるそんな気持ちだ。
パーンと大きな打ち上げ花火のような音が聞こえた。続いて、各箇所に設置されたスピーカーからアナウンスが流れ出した。公演の真ん中に設置してある会場で今から、地元のパフォーマンスがあると言っている。見る暇はあるだろうかと時間を気にした望美は、携帯電話を探すべくバッグの中に手を突っ込んだ。
END
戻