薬はキスの味で
熱い。
ふうふうと息を吹きかけて冷まそうとするが、直火で焼いたきのこはなかなか適温になりそうにない。
いろとりどりのきのこが生える森で、アリスは双子ときのこを焼いて食べていた。
エリオットの髪にも似た鮮やかなオレンジ色のきのこがアリスの持っている串に刺さっていた。色は不気味なのに、香ばしいにおいを漂わせている。普通のきのこと変わらない香り。おいしそうだ。火傷するかもしれないとわかっていても口に運ぶのをやめられない。
「あつ……」
新しく焼いたきのこにかぶりついたアリスは思わず声をあげた。もう少し冷ますべきだった。慌てて口から放したが遅かったようだ。
舌がひりひりする。火傷したらしい。
暫くは熱々のきのこを食べれそうにない。
「どうしたの、お姉さん。きのこ美味しくない? 僕らも食べてるから心配ないよ? ね、兄弟」
「うんうん。美味しいよ、このきのこ。ま、ちょっと味気ないかもしれないけど。それでもオレンジ色の物体よりはいける」
アリスの手が止まったのを見て双子が心配そうに話しかけてくる。
「あのね、舌を火傷しちゃったの」
「大丈夫、お姉さん?」
「大変だ。どのあたりを火傷したの?」
双子はきのこを食べるのをやめ、アリスに近寄ってきた。
「え……っと、ちょっと火傷しただけよ」
「どこどこ?」
「舌の先、のほうかな?」
「兄弟、お姉さんに見せてもらったほうがいいんじゃないかな」
「お姉さん、舌見せて?」
双子に頼まれ、アリスは戸惑った。舌をただ火傷しただけだ。そこまで大袈裟に反応しなくてもいい。
「大丈夫よ。それより、きのこを食べましょう? 冷めるわよ?」
「お姉さんが火傷しているのに暢気に食べられるわけないよ、ね、兄弟」
「うん、治療しないと」
「治療?」
アリスは首を傾げる。火傷に効く薬をふたりは携帯しているのだろうか。それならば是非塗ってほしい。舌なのですぐに唾液で取れるかもしれないが、少しの間でも炎症をおさめる効果ぐらいはあるだろう。
「治療できるんだ・・・本当?」
確認のため、聞いておく。双子はうん、と同時に頷いた。
「どんな薬を塗るの?」
「ふふっ、痛いのは嫌なんだね」
「怖がるお姉さんも新鮮だな」
双子は嬉しそうにくつくつと笑った。
子供だね、と言われたような気がしてアリスは少しだけむっとする。いつもは自分が双子のお姉さんで、双子が子供なのに、今は立場が逆転している。それが悔しかった。
「そんなことないわ」
「なら大丈夫だね、兄弟。安心してやれる」
ダムが嬉しそうにディーを見た。
「うん、兄弟。やれそうだ。だけど、するのは順番だよ?」
「わかってるよ。順番にしよう。ふたり平等に。争いの起こらないようにね」
アリスはふたりの言葉の意味がよくわからなかった。が、すぐにひとりがアリスに薬を塗ると、もうひとりが嫉妬して喧嘩になるから、と理解した。双子が兄弟喧嘩を起こしたりしたらそれこそ大変だ。
「じゃあ、お姉さん準備はいい? 舌を見せて?」
双子に見つめられアリスはどきりとする。双子相手に胸をときめかせるなんて自分はおかしい。大人になった今の双子は、美形の代名詞と言っていいペーター=ホワイトとためをはっていいほど、顔立ちが美しく整っていた。彼らが本当に大人へと成長すれば、さぞかし女の子にもてるであろう。
「いいわ」
アリスは舌を見せるつもりだった。が、口が開かない。呼吸ができない。苦しい。唇を塞がれているみたいに。目を開けると墨色の髪が飛び込んできた。ピンをしていないからディーだ。えっ? と思った瞬間、アリスは本当に呼吸ができなくなった。
急いで頭の中を整理する。
ディーが口を塞いでいる。唇と唇が重なることを口づけ、と呼ぶ。つまりアリスは今、双子の片割れにキスをされているのだ。
どうして? 頭の中に疑問視が浮かぶ。薬は?
「お姉さん、もっと楽にしなきゃ。兄弟が治療できない」
治療、と聞いてアリスは少しだけほっとした。力が抜け半開きになった唇の中にディーが入ってくる。これは火傷を治すためにしてくれているのだ、と思えば我慢できないこともない。薬の問題だけは残るが。
ディー舌はアリスの口内を探るように舐め回した。そしてアリスの舌に舌を絡めてきた。
いやらしい。アリスの脳裏にこの単語が浮かぶ。治療のはずなのにエロスを感じるのはきっと唇と唇が触れ合っているせいだ。うまく呼吸ができず、窒息しそうになりながらもアリスはディーのされるがままになっていた。火傷したところを見つけると、ディーはやさしく舐めてくれる。酸素が足りなくなったせいなのかアリスの鼓動が早くなる。
もし双子に知られたら・・・・・・悪い手本になってしまう。好きでもない男に心をときめかせる女もいるのだと、教えてしまうことになる。それだけは避けたい。
「兄弟、長すぎだよ」
ふいに呼吸が楽になる。見ればダムがディーの肩を掴んでいた。どうやらディーを止めてくれたらしい。
「お姉さん、大丈夫?」
浅い呼吸を繰り返すアリスに双子が心配そうに覗き込んでくる。
「ちょっとびっくりしただけよ。なんともないわ」
平静を装うが、内面では嵐が吹き荒れていた。色めいた口づけのような治療にアリスはどんな顔をしていいのかわからなかった。ありがとう、と笑顔で言えばいいのだろうか。
「じゃあ、僕の番だね」
ダムがディーを押し退けるようにしてアリスの前に立つ。
「ふふっ、僕は兄弟よりやさしくしてあげる」
アリスは近づいてくる顔をぺちっと手のひらで止めた。
唖然とする双子に、
「治療というより別のものに近くなってるわよ。それに薬が塗られてない」
双子はぱちぱちと目をしばたたかせていたが、やがてわかったというように互いに顔を見合わせた。
「薬を塗るとは一言も言ってないよ、ね、兄弟。僕らは自然治癒能力でお姉さんを治そうとしている」
「そうだよ。お姉さんはもしかして別のことを想像していたの? 僕らは真面目に治療をしていたのにやらしいね」
艶めいた表情で言われ、アリスの心臓がどきりと跳ね上がる。
「いやらしくしてあげてもいいよ、お姉さんが望むなら」
今度はぞくりとする。殺されるわけではないのに、冷や汗が出る。獲物を見つけ楽しそう、そんな表情を二人はしていた。
「いいです。普通に治療をして? そ、それに早くしないときのこが冷めちゃうわよ!?」
アリスの言葉に二人は思い出したように後方を向いた。ぱちぱちと火の粉がはぜる音が聞こえる。
「そうだね、兄弟。早くしようか」
「あ、ズルイ。僕はゆっくりするよ。兄弟がしたぐらい長くね!」
「そんな! 僕が長かったのはお姉さんが緊張していたせいで。それじゃあ、兄弟がリラックスしたお姉さんとキスする時間が長くなってしまう! 終わったら僕に代わってよ?」
「そしたら、兄弟はお姉さんと二回することになるじゃないか! 独占は反対だよ、兄弟」
双子はぎゃあぎゃあと揉め始める。
アリスはため息をつくと、まだ一口も食べてないキノコを齧った。ほとんど冷めているが、火傷した舌にはありがたい。きのこが火傷した部分に当たりざらざらというかひりひりした違和感があるけれど食べるのには差し支えない。
未だに揉めている双子を見ながら、ダムとの治療という名のキスは避けられないだろうと考える。
キスが目的だったのか、それとも本当に治療をしたかったのか。彼らの真意はわからない。
油断のならない双子だわ。アリスはもっと用心しなくては思う。
そろそろ潮時だ。いつまでも喧嘩をしていてはいけない。
アリスは双子を止めるため仲裁に入った。
END
もしアリスがきのこイベントで舌にやけどをしたらという妄想の元に生まれました。アリスを書くのにようやく慣れてきたかなあっと感じた作品です。お読みいただきありがとうございました!
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