欲しいもののためなら、




 

 少し手荒だけど許してね。

 僕らはベッドに横たわっているお姉さんに謝った。

 お姉さんの身体には沢山の血がついている。

 すべて彼女の身体から流れ出たものだ。

 抵抗しなければもっと楽に逝かせることができたのに。

 僕らはお姉さんが大好き。

 大好きだから、こんな酷いことしたんだよ?

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 アリスは怯えていた。いつも自分を「お姉さん」と慕ってくれている双子がこんなことをするなんて。

「こ、こんなことをしていいと思ってるの?」

「大人のルールまだ子供の僕らにはよくわからないけど……基本的に僕たちは、自分たちにいいって思ったことをやってるよ。ね、兄弟」

「うんうん。僕らは自分たちに利益があることだけをやっている。損するのは極力避けてるようにしてるよ」

「損益とか……そういう問題じゃないでしょう? 早くこの縄を解いてよ」

 アリスの両手は背中でひとつに縛られていた。皮膚に食い込むかと思うほどきつく縛られ、毛羽立った縄が肌に当たり痛い。

「だーめ。解いたら逃げちゃうでしょう?」

「そうだよ。お姉さんを僕らのものにするためにここに連れてきたんだから。逃げられたら意味がない」

「お姉さんのためを思ってしてるんだよ? 外に出ればお姉さんの狙うやつらが多くて仕方ないからね」

「そうそう。どっかの迷子とか白ウサギとか。敵はたくさんいる。お姉さん、争いごとは好きじゃないでしょう? 僕らも争いごとはやめることにしたんだ」

「お姉さんを隠すんだ。そうすれば誰にも見られないし盗られるかもという不安もない」

 にっこりと無邪気な笑みを浮かべる双子。

 アリスはぞくりとした。冷や汗が流れ落ちる。このふたりは本気だ。本気でアリスを閉じ込めようとしている。

「いやだと言ったら?」

 聞く前から答えはわかりきっている。双子は無理やりでもアリスをこの部屋から出れないようにするだろう。

「そんなことは言わせない。お姉さん、お姉さんは僕らのこと好きでしょう? 好きだよね?」

 アリスは震えながらかすかに頷く。ここで首を振れば次の瞬間にはアリスの心臓が止まってしまうだろう。

「僕らもお姉さんのこと大好きだよ。大好きだから誰にも見せたくないんだ」

「そんな……」

 顔色をなくしたアリスに双子が近づいた。頬に触れるのは言葉とは裏腹に温かなふたつの唇。

「ずっと閉じ込められるの?」

 永遠。死ぬまで。アリスは双子の大切な玩具の一部のようにこの部屋にいることを強要されるのだろうか。

「わたしがいなくなったら屋敷のひとたちが怪しむわ」

「かもしれないね。でも、それでもいい」

「お姉さんを僕らのものにできるのなら」

 双子の手がアリスの左胸に伸びてくる。アリスは身を硬くした。

「心臓、の音だね」

「あたたかくて心地よいリズムを刻んでいる」

 双子の言葉にアリスはほっと安心する。

「この心臓をこの世界で持っているのはお姉さんひとりだけだよ?」

「ね、お姉さん。僕らはお姉さんもほしいけど、お姉さんの心臓はもっとほしい」

 玩具がほしい、とねだるような調子で言われ、にアリスはえっ、と目を見開く。双子は子供特有の可愛らしい表情で笑っている。いつの間にか双子の手には銀色に輝く斧が握られている。

「くれるよね?」

 耳元で双子が同時に囁いた。刹那、アリスの視界は真っ赤に染まった。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 余所者がいなくなった。

 ふいに姿を消したという。

 白ウサギ、ハートの騎士、帽子屋、三日月ウサギ、チェシャ猫、夢魔……アリスを愛するものたちは皆、自分たちの領土を隈なく探し回った。

 けれど見つからなかった。

死ねば死体が残る。

では、帰ったのだろうか。

彼らは敵対していることも忘れ、余所者の居場所について永遠と議論しあった。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「おい、ガキ共」

 聞きなれた声。振り向かなくてもわかる。馬鹿ウサギだ。

「何? 僕らに用があるならさっさと言ったら? 特別手当もらうよ?」

「そうそう。無駄な話をしてる暇はないんだ。休憩時間が短くなる」

「アリスの居場所を知ってるの、お前たちだろう?」

「どうしてそう思うの?」

「どうしてって……お前たち、アリスが失踪したとき、真剣に探そうとしてなかったじゃないか。それに、あの日、アリスと最後に会っていたのははお前たちだって。見たやつがいる」

「僕ら子供だからね。子供に過剰労働はよくない」

「そうそう。子供の本業は遊ぶこと。だから、真剣になれないのも当然だよ」

「真剣になれないって……お前ら、あれだけアリスを慕ってたじゃないか。で、アリスはどこにいるんだ?」

「お姉さんはもういないよ。僕らのものになるために死んじゃった」

「死んじゃったって……殺したのか? 何故……」

「僕らのものにするためだよ」

「それだけ……か?」

「それ以外に何があるの。ね、兄弟?」

「お姉さんが好きだから僕らの部屋に閉じ込めた。でももっとほしいものがあったから、僕らはお姉さんを殺した」

「僕らね、お姉さんを自分のものにしたかったけど。それ以上に……」

 最後の言葉を聞いたエリオットが信じられないというように瞠目した。

 その様子がおかしくて僕らはつい、笑ってしまった。

 

 

 

 

     *****

 

 

 

 

 お姉さん、痛かったかな。

 でも許してね。

 僕ら、お姉さんが大好きで大好きで仕方なかった。

 だけど、それ以上にお姉さんの心臓がほしかった。

 はじめてみるお姉さんの心臓。

 笑うお姉さん。

 泣くお姉さん。

 怒るお姉さん。

 怯えるお姉さん。

 悲しむお姉さん。

 喜ぶお姉さん。

 恥らうお姉さん。

 お姉さんがいろんな表情を見せてくれたのは、この心臓のおかげ。

 ぷるぷると手のひらで脈打つお姉さんの心臓は可愛くて、食べてしまいたいぐらいだったよ。

 でもそんなことしたら兄弟と喧嘩になるからやめといたけど。

 動きが止まった今でも大切に部屋に保管してる。

 時計じゃないから変わりのカードが現われることもないし、時計屋に奪われることもないから安全だ。

 お姉さんが生きた証、ずっと持っていられる。

 だから、お姉さん。

 安心して僕らと一緒にいようね。



END

こういうのを狂愛っていうんですかね。
双子がもしアリスの心臓をほしがっていたら、と考えて書きました。
双子はアリスを殺しても笑ってます。
罪悪感はなく、ほしいものを手に入れたという無邪気な喜びから。
そんな不気味な物語を書きたいと思いました(が、ちゃんと表現できてるかな?)
お読みいただきありがとうございました!






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