ダイスキ
たたたたっ。
まるでご主人様を見つけた犬が走り寄ってくる、言葉にすればそんな表現が似合いそうな足音が聞こえた。
数秒後。
「アリス!」
陽気な声とともに、ぶつかるような勢いでぎゅっと後ろから強く抱きしめられた。
アリスは驚いて手に持っていた本を落としそうになる。これはブラッドから借りた異国の貴重な本である。彼は本を丁寧に扱っていて痛みも少ない。ここで落として傷つけてしまったら大事だ。きっとブラッドは「お嬢さん、貸した本は楽しんでくれたかい? あぁ、これは……何度も読んでくれたんだな。本の表紙が傷つくほど、本のページが折れ曲がるほどに……」それはそれはさわやかに言うだろう。言葉には皮肉、それでいて顔は楽しむようににやにやと笑みを浮かべて。そして事あるごとに何度もねちねちと本を落としたことについて違いない。アリスはぎゅっと手に力を込める。間一髪。なんとか本はアリスの手の中に収まってくれた。
一方、アリスを抱きしめる力はなかなか弱まらない。むしろ強くなってゆく。
「く、苦しいわよ、エリオット」
アリスは首に回された手に、手をかけながら言った。見なくてもわかる。こんな風に力の限りアリスを抱きしめてくるのはエリオットしかいない。
「大好きだ、アリス!」
ご機嫌なのかエリオットは嬉しそうに言った。
「やさしくって、賢くって、偉い! 本当に、大好きだっ!」
「だから苦しいっ・・・・・・」
「やさしくって、賢くって、偉い! あぁ、アリス、本当にあんたが大好きだ」
エリオットはやや興奮気味だ。アリスの言葉など耳に入らないのだろう。
ぎゅうぎゅうと抱きついてくる。
(大型犬、だわ。ウサギのお耳のついた)
アリスはエリオットに気づかれないようにため息をつく。
思う存分抱きしめると、ようやくエリオットは力を緩めてくれた。
但し、手はアリスの首に巻き付いたまま。
「ねぇ・・・・・・どうしたのよ。急に抱きついてくるなんて」
「あんたを抱きしめたかったから、抱きついた。あんたはやわらいし、抱き心地もいい」
耳赤くなりそうな言葉をエリオットはさらりと言う。ブラッドのようにいやらしさを含んでないだけまだましだが。
「そ、そう」
アリスは平常心を保ちエリオットに返す。
「なあ、アリス。俺、あんたが大好きだ」
ふいに、エリオットが囁くように言った。いつもより声が低いような気がしてアリスの心臓がドキリと跳ねる。
「ブラッドと同じぐらい偉くて賢くて・・・・・・」
また声が大きくなってきたエリオットに、アリスはほっと安心した。エリオットの好き、は親しいものへの愛情表現だ。だけど、エリオットは異性だからつい意識してしまう。
(でも、相手はウサギよ。かっこいいし、親しみやすいし、厳つい面も持ってるけど。立派なお耳を生やしたウサギなんだから)
アリスは後ろ向きなのでエリオットのウサギ耳がどうなっているかわからない。たぶん、嬉しくてぴんと立っているのではないだろうか。
飛び跳ねた心臓が落ち着き取り戻す。
アリスもエリオットが好きだ。彼と同じように親しい友人として。
だからアリスも気にせずエリオットに言葉を返せる。親しみを込めて彼に告げられる。
「わたしもあなたが大好きよ」
と。
END
友人同士のときのふたりを描きたかったのでvお読みいただきありがとうございました!
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