ひなたのなか
今日は法事が休みでしたので、朝餉の後、わたくしは神子に逢いに行くことにしました。
屋敷を訪ねると、出迎えてくださったのは藤姫でした。
「あのう、神子にお会いしたいのですが……」
「神子様でしたら、部屋にいらっしゃると思いますわ」
そう言うと、藤姫は神子の部屋に案内してくださいました。
「神子様、永泉様がお見えになりました。入ってもよろしいでしょうか?」
藤姫が声をかけました。いつもなら「大丈夫ですよ」と神子の声がするのですが…今日はそれがありません。御簾を上げ部屋に入りましたが、神子の姿は見えません。
「さっきまで、いらっしゃったのですが。どこに行かれたのかしら……織乃に聞いてみますわ」
織乃とは神子と仲のよい女房のことです。
藤姫が女房に尋ねてくる間、わたくしは廊下で待つことにしました。
冬とは思えないほどあたたかく、春風に似たやわらかな風が頬を撫でます。日差しは弱くも無く強くもなく、ぽかぽかと心地よい光を降り注いでくれます。わたくしはゆっくりと、庭を見回しました。庭にはたくさんの植物が植えられています。ですが、今はまだつぼみすらついていません。藤姫が花好きだということもあるのでしょうか、去年の春、神子や八葉の皆と見た時は、多くの花が満開になって咲いていました。今年の春も、きっと美しい花を咲かせてくれるでしょう。わたくしは思いにふけりながら、庭を眺めていました。
どのぐらい経ったのでしょうか。ふいに、
「永泉さーん」
とわたくしを呼ぶ声がしました。振り向くと、神子がぱたぱたと廊下をかけてくるところでした。藤姫と織乃の姿も見えます。
「待たせちゃってごめんなさい」
謝る神子に、わたしは優しく微笑みました。
「そんなに待っていませんよ。それより、神子。どこにいらしたのですか?」
「実は……お屋敷の中にすごく日が当たって気持ちがいいところがあるんです。今日は天気がいいし、あたたまりたかったから……そこに行ってました」
「日向ぼっこをされていたんですね」
わたくしの言葉に、神子は恥ずかしそうに頷きました。
今日のようにあたたかな天気でしたら、日向ぼっこをしたくなるのも無理はありません。やわらかな日差しの中で神子がくつろいでいる。その傍には藤姫の猫が寄り添っている……そんな姿を想像し、わたくしはくすりと笑ってしまいました。
それから、神子とわたくしは後ろにいた藤姫と織乃に礼を言いました。
「神子様が見つかってほっとしましたわ。お二人とも、ゆっくりと過ごされてくださいね。私たちはこれで失礼しますわ。また、何かあったらお呼びくださいませ」
藤姫はそう言うと、織乃と共に軽く一礼し、去っていきました。
「神子、どこか行きたいところはありますか?」
わたくしは神子に尋ねました。
「行きたいところ……」
神子は思案するように顎に手を当てました。
しばらくして、
「そうだ、二人で日向ぼっこしませんか? 出かけるのも楽しいけど、たまには二人でゆっくりと過ごしたいな」
「日向ぼっこ……ですか?」
「きっと、くつろげると思いますよ」
神子の言葉にわたくしは頷きました。
*****
神子が案内してくれた場所は、一番南側の廊下でした。
話のとおり、日当たりがよく、日向ぼっこには最適だと思いました。
ぽかぽかとやわらかい光が降り注ぎ、時折小鳥のさえずりも聞こえ、心がほぐれるような、そんな気がしました。
「ねぇ、永泉さん。お昼寝しませんか?」
階に座るやいなや、神子が言いました。
「今日はゆっくり過ごす日。だから、永泉さんも協力してくれると嬉しいです」
両手を合わせお願いしてくる神子がいじらしく、わたくしはつい頷いてしまいました。
神子はほっとしたような笑みを浮かべ、
「永泉さんはここで休んでださいね」
神子が指差したのは、なんと彼女の膝の上でした。
「男性は女性の膝の上が一番安らぐ、と聞いたことがあるんです。永泉さんにも安らいでほしいな」
「み、神子?」
恥ずかしさと驚きで体中が熱くなるのを感じ、慌てて下を向きました。
そんなわたくしの顔を覗き込み、神子が問います。
「いや、ですか?」
「そんなことは……」
「じゃあ、遠慮しないで……?」
神子に導かれるまま、わたくしはそっと神子の膝に頭を乗せました。
やわらかな神子の膝が頬に触れ、どきりと心臓が跳ね上がりました。
着物の裾から神子の白い膝が見えます。
その素肌の眩しさに、くらりとめまいがしました。
「永泉さん、顔赤くなってる。可愛い〜」
嬉しそうな声で、わたくしは我に返りました。
「か、可愛い!?」
「はい、すっごく、可愛いです!」
異性から可愛いと言われ、喜んでいいのか悲しんでいいのか。思わず、ぽかん口を開けてしまいました。
わたくしがどうしてそう思うのか質問しようとすると、話題を反らすように、
「永泉さん、ゆっくりと休んでくださいね」
神子がにっこりと微笑みました。
「神子は…?」
「わたしは…永泉さんの寝顔でも見ようかな♪」
楽しそうに言う神子にわたくしは赤面しながら、そっと瞳を閉じました。
神子と過ごせる幸せをかみ締めながら。
―END―