Abuso de autoridad
「ん……んん」
心地よい眠りだった。身も心も満たされたあたたかな時間。アリスは目を擦りながら起き上がる。思いっきり伸びをしたあと、いつものように窓を開けようとしてベッドに降りた。
「あれ? わたしの部屋ってこんな風だったっけ?」
アリスは歩きかけた足を止める。部屋全体を見回す。綺麗に整頓された沢山の書物、テーブルに置かれたティーセット。明らかにここは自分の部屋ではない。
どうして? とアリスは小首を傾げる。いつのまにか部屋の景色が変わっている。先の時間帯、アリスは確かに自分のベッドに入ったはずだ。
「お目覚めかい、お嬢さん」
ふいに名を呼ばれる。この声は……アリスのよく知っている男のものだ。
「おはよう、アリス」
「おはよう、ブラッド」
「アリス、今日はやけに早起きじゃないか」
ブラッドがアリスの隣に腰を降ろした。
「わたしはいつでも早起きだけど? そんなことより、ここがどこか知らない?」
知ってるよ、ブラッドが意味ありげにふふっと笑った。
心なしかいつもより機嫌がよく見える。
「私の部屋だ、迷子のお嬢さん」
「迷子って、からかわないで! あなたの部屋ってどういうことよ!」
寝てる間に瞬間移動をしたんじゃあるまいし、ましてやアリスが間違えてブラッドの部屋で眠ったわけでもない。先の時間帯は自分の部屋で寝た、それは確かだ。
「理由は簡単だ。私が連れてきた」
さらりと言い、ブラッドは嬉しそうに口の端を歪めた。
「連れてきたって……しっかり施錠していたでしょう?」
「私はこの屋敷の主だ。マスターキーぐらい持っている」
「職権乱用だわ」
アリスは溜息をつく。信じられない。寝てる間に移動させられたなんて。
「で、わたしを運んで何が目的だったわけ?」
「そう怖い顔で睨むな。ちょっと君の寝顔を見せてもらっただけさ」
「はっ?」
思わず間の抜けた声が出る。
「君の寝顔を見ながら仕事をしていたんだ。可愛かったぞ、君の寝顔は」
くつくつといやらしくブラッドは笑う。寝顔を見られた!? 恥ずかしすぎる。よりによって大嫌いな相手に見られるなんて!
「勝手にひとの寝顔、見ないでよ! この変態!」
アリス苛立ちを紛らわせるように、ブラッドに向かって思いっきり拳を突き出した。だが、それは命中せず、やすやすとブラッドに止められてしまった。
手首を掴んでいるブラッドの手を乱暴に外しながら、
「もう、こんなことしないで!」
「それはできないな。あんなによがって私を求めていたくせに、酷い言葉だ」
「よがっ……! ! !」
いや、薄々感じていたのだ。この男がアリスに何もしないはずなどないのだと。ましてやアリスはブラッドのベッドの中にいた。何が起こってもおかしくない。
「思い出させてもいいんだぞ。君がどんな風に鳴いて、どんな風に感じていたかを。私を興奮させた言葉も、すべて」
ブラッドの指が頬を撫でてゆく。ぞくりとした。ブラッドのあたたかな吐息が首にあたりくすぐったい。
「馬鹿なこと言わないで」
アリスはブラッドの手首を掴んだ。
体の倦怠感はない。きっとブラッドはわざとアリスの嫌がることを言ったのだ。
「じゃあ、馬鹿なことでないことにしてやろう」
にやりと含み笑いをされる。アリスは嫌な予感を覚えた。
「仕事があるから、お暇するわね」
「それはダメだ」
ブラッドがアリスを体ごと引っ張った。ぼふっと、アリスはたやすくブラッドの腕の中に収まってしまう。逃げようともがくがぴくりともブラッドの腕は動かない。
「上司がサボりを推奨するの?」
「あぁ、もちろん。君も知っているだろうが朝は私が一番嫌っている時間帯なんだ。ひとりで過ごすには退屈すぎる」
「嫌よ」
「上司に逆らうのか?」
アリスはうっと黙り込んだ。親しく話していてもブラッドとアリスは上司と部下の関係なのだ。上司の命令に背くなんて部下、それの下っ端メイドにはあってはならないこと。
反論できないアリスに、ブラッドはそれはそれはもう愉しそうに唇の端を歪めた。思いっきり蹴りたい。力強く抱き締められていなければ、ブラッドの顔に蹴りを入れていただろう。
「職権乱用だわ」
力なく先ほど言った言葉を繰り返す。
もうアリスは逃げられないのだ。
気がつけばアリスの体は真っ白な海の上。先ほどアリスが寝ていたブラッドのベッドだ。
「付き合ってくれるね?」
確認するように聞かれる。アリスに拒む権利はないと知っていてわざとだ。
アリスは言葉には出さずに頷く。それが合図というように乱暴な口づけが落ちてきた。
END
機嫌のいいブラッドが書きたかったので妄想してみました。ブラッドなら自分の部屋にアリスを連れてきそうだvお読みいただきありがとうございました!
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