東宮様の憂鬱




 


「あぁ、どうしましょう」

 部屋の奥から聞こえる彰紋の悲痛な叫び。

 覗いてみると、服を手に持ったままなにやら考え込んでいる。

「刻々と時は流れている……急がないと。でも、僕は僕は……」

 服を握り締め、泣きそうな声を上げる彰紋。

「この服の着方が未だにわかりません。女房がいれば、いいのですが……」

 彰紋は困ったように手に持っていたシャツをひっくり返した。

 裾を持っているため袖の部分がだらりと落ちる。

(そのまま頭から被ればいいんだよ)

 ドアの隙間から見ていた花梨は心の中で呟いた。

「あぁ、京であれば女房たちがすべてしてくださるのに」

 どうやら今まで着替えを女房たちに手伝ってもらっていたせいか、一人では着替えられないらしい。

 彰紋が着ようとしている服は着物ではない。

 それが、彰紋を混乱させる原因なのだろう。

「このまま、学校を休んでしまおうか」

 溜息混じりに呟いた彰紋に、花梨は思わず噴出しそうになって慌てて口に手を当てた。

 彰紋はこれでも真剣に悩んでいるのだ。

 笑うなんて酷すぎる。

「そうだ、花梨さんに女房を雇うようにお願いしましょう。そうすれば今より生活がもっと快適になるはずです。僕も、毎朝服の着替えに悩まなくてすむ」

 彰紋はぱっと顔を輝かせた。

(女房? この世界にはいないんだけど。いるとしたらメイドかなあ)

 彰紋がドアに近づいてくる。

 花梨は慌てて部屋から離れた。

 

「あれ、彰紋くん着替えは?」

 花梨は何も知らない顔を装って尋ねた。

「そのことなんですが」

 彰紋が切り出す。

「花梨さん。僕たちの生活のために、女房を雇ってください!」

「女房はいないんだけど?」

「女房のように身の回りの世話をする人がいるはずでしょう?」

「メイドならいるけど?」

「本当ですか? じゃあ、早速雇いましょう! 僕の身の回り、家の掃除の頼まなくてはなりませんね。それから……」

「彰紋くん、不便なのはわかるけど」

 ダメだ、聞いていない。

 彰紋はもう自分の世界に入っている。

「彰紋くん」

 今度は強く言ってみる。

「は、はい?」

「メイドを雇わなくても、大丈夫だよ。わからないことは、わたしが教えてあげるから」

「でも」

「わたしも京に召喚されたときは不便だったけど、徐々に慣れていったよ」

「そ、そうですか?」

「だから、安心して」

 励ます意味を込めて微笑すると、彰紋は落ち着いたように、

「すみません。僕、朝から変なことを言ってしまって……」

「気にしないで。それより、早く着替えて学校に行こう」

「は、はい」

 彰紋は部屋に戻りかけたが、思い出したように振り向いた。

「あの……着替えるのを手伝っていただけませんか?」






―END―




 ギャグ風にv
 




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